2010-10-26

メディアの病

怒るまいと思っても、つい。
今朝の毎日新聞の論説委員がコラムでが大学院教育の問題点について指摘していた。
90年代からの大学院重点化政策についての批判である。
「『世界的水準の教育研究の推進』をうたい文句に大学院定員が拡大されたが、大量に誕生した博士たちを受け入れるポストは用意されなかった。路頭に迷いアルバイトで食いつなぐフリーター博士なる言葉まで生まれた。」
この現実認識はその通りである。
国策として導入された大学院重点化である。そのアウトカムについても国は責任をとるべきだろう。
責任というと言葉が強すぎるなら、せめて、「定員増には、受け皿になる職がないという『リスク』も帯同しております」ということを大学院進学志望者たちに事前にアナウンスしておくくらいの「良心」はあってもよかったのではないかと思う。
それはよい。
問題はその次の段落である。
意味不明なのである。
「何年か前、さる大学に新設された大学院教授と話したことがある。『高度な専門知識を持つ職業人を育成したい。新聞社への就職も期待していますので、よろしく』。そうのたまうので、思わずツッコミを入れてしまった。『就活の開始時期が早過ぎて学部教育がおそろかになっている。それを放置しながら大学院で職業教育というのは本末転倒じゃないですか。』」
この論説委員がどうして新聞社への就職を懇請した教授に対して自分には「ツッコミ」を入れる権利があると思えたのか、私にはどうしてもわからないのである。
「就活の開始時期が早過ぎる」というのは誰がどう考えても大学の責任ではない。
雇用する側の責任である。
雇用する側が「新卒一斉採用」という因習的なルールを廃し、求職者に対して、「とりあえずしっかり勉強して、大学卒業してから就職試験を受けに来なさい」と諭す性根があれば、学生だって好きこのんで二年生の秋からばたばたしたりはしない。
私たちだってゆっくりと教育ができる。
「学部教育がおそろかになっている」のではない。
「おろそかにされている」のである。
だいたい、週日の昼間に、現役学生をセミナーと称して本社に呼びつけるということをしているのは、「そちらさま」である。
学部教育の充実をほんとうに期待しているのなら、「そんなこと」をするはずがない。
「セミナーがあるので、ゼミを休みます」「内定者の集まりがあるので、授業を休みます」というエクスキューズを私はこれまで何百回も聴いた。
それが学部教育を空洞化させることがわかっていながら、雇用側は「そういうこと」を平然としている。
それについての大学に対する「謝罪の言葉」というのを私はかつて一度も聴いたことがない。
繰り返し言うが、就活の前倒しで学部教育を空洞化しているのは、雇用側の責任である。
「ツッコミ」を入れる権利があるのは、「本社は大学の学部教育を支援するために、在学中から就活をするような学生は採用しません」と宣言している企業だけである。
このコラムにはまだ続きがある。
「謹厳な教授はしばらく黙ったのち、こう応えた。『おっしゃる通り』」
この「謹厳な」大学院大学教授は何を考えてこんな返答をしたのであろう。
もちろん、「あなたに同意する」という意味であるはずがない。
おそらく、「しばらく黙った」のは対話の相手の知的な不調に驚いて絶句したのであろう。
「おっしゃる通り」というのは「言いたいことはよくわかった」と同じで、「早く帰れ」を含意していたのであろう。
高等教育の不調の原因が専一的に大学側にあること、これは動かしがたい事実である。
けれども、「就活の開始時期が早過ぎる」というのは、企業人が大学人に向かって他責的な口ぶりで言える台詞ではない。
おそらく、つねに他責的な口調でシステムの非をならしているうちに、「自分自身が有責者として加担している問題」が存在する可能性を失念してしまったのであろう。
メディアの病は深い。

2010-10-22

教育のコストは誰が負担するのか?

増田聡くんがツイッターで、奨学金について考察している。

もう奨学金という名称を禁止すべきではないか。学生向け社会奉仕活動付きローンとか、強制労働賃金(返済義務あり)とか、いいのがとっさに思いつかないけど、現実を的確に解釈しかつ人口に膾炙するキャッチーな概念をこういうときにこそ考案するのが人文学の仕事なのではなかろうか。マジで

すくなくとも現状の奨学金は奨学金ではなく貸学金と呼ぶべきだよな

貸学金:たいがくきん。うっかり借りてしまうと社会奉仕を義務づけられ単位取得が滞りしまいには退学に追い込まれてしまう、恐ろしい学生ローンのこと

今知ったんですが「貸学金」という言葉は中国語に存在しまして、うちの留学生の王さんにきいたところを総合するとほぼ日本の学生支援機構「奨学金」と同種の学生貸付制度であるようだ(99年開始だとのこと)。一方で、中国には返済不要のちゃんとした奨学金も存在する。よっぽど中国の方がまっとう

これからは日本の返済義務ありの自称「奨学金」は、貸学金と正しく呼ぶことを提唱したい。とりあえずいま変換辞書に登録した。

普通学生ローンでは親の収入とか聞かないですからねえ。貸学金は就学困難学生対象、返還減免や利率減免もあり現状の日本学生支援機構の制度とかなり似てる

結局、日本では高等教育の受益者は学生(とその親)でしかない、とする通念が強固なので、その学費は自由な参入と離脱に対して禁止的なまでに上昇してしまう

となると、本来あるべき「高等教育を受けた人が社会を良くする(経済的に、を含むあらゆる側面で)ことによる社会全体の受益」のために、たまたま経済的困難を抱えて就学困難な学生を支援する、という奨学金の趣旨は見失われるし、高等教育自体の「名目化」も進行する。

高等教育の名目化とは、「高い学費自前で払ってる消費者やから、多少勉強してなくても学士号やっとくか」という大学現場の(われわれの)弛みに他ならない

学生時代の恩師は大学紛争直後に大学にいた世代だが、呑むたびに「昔は学費が安かったから出来の悪い連中を心置きなく落第させられたけど、今は卒業させないと学費かかるから落とせない」とこぼしていたのを思い出す。そういえば「落第」が大学現場で死語になり「留年」となったのはいつ頃からだろう

本来のscholarshipというのは高等教育の自由な参入と離脱を保証することでその教育の質を保つ機能とともに、特に優れた学生へのインセンティヴとして機能していた筈なのだが(というか日本以外の国ではそうなっていると思うのだが)日本語でいう「奨学金」は何の機能を果たしているのだろう

なぜオレが「奨学金」問題にこだわるかといえばその受益者だから。だが大学教員になったら返済不要な育英会「奨学金」ってそもそもおかしいやん、と強く思う。だったらお前は個人的に返せ、という想定される異論自体がおかしい、というのも含め、高等教育を個人的な財にしか還元しない思潮自体が変だ

私も増田くんの奨学金についての考え方に同意する。
現在の奨学金は本質的に「学生ローン」であり、その根本にあるのは、「教育の受益者は学生自身(および保護者たち)である」という信憑である。
人間が教育を受けるのは、「自己利益を増大させるためである」という考え方そのものが現代教育を損なっているということについては、これまでも繰り返し書いてきた。
しつこいようだが、これが常識に登録されるまで、私は同じ主張を繰り返す。
教育の受益者は本人ではない。
直接的に教育から利益を引き出すのは、学校制度を有している社会集団全体である。
共同体の存続のためには、成員たちを知性的・情緒的にある成熟レベルに導く制度が存在しなければならない。
それは共同体が生き延びるために必須のものである。
だから、子どもたちを教育する。
いくらいやがっても教育する。
文字が読めない、四則の計算ができない、外国語がわからない、集団行動ができない、規則に従うことができない、ただ自分の欲望に従って、自己利益の追求だけのために行動するような人間たちが社会の一定数を越えたら、その社会集団は崩壊する。
だから「義務教育」なのだ。
ほとんどの子どもたちは「義務教育」という言葉を誤解しているが、子どもには教育を受ける義務などない。大人たちに「子女に教育を受けさせる義務」が課せられているのである。
それは子女に教育を受けさせることから直接受益するのは「大人たち」、すなわち社会集団全体だからである。
社会集団には成熟したフルメンバーが継続的に供給される必要がある。
学校は畢竟そのためのものである。
公教育観が今のように歪んだのは、アメリカにおける公教育導入のときのロジックにいささか問題があったせいである。
19世紀に公教育を導入するときに、アメリカのタックスペイヤーたちはそれに反対した。
教育を受けて、知識なり、技術なりを身につけると、その子どもはいずれ、高い賃金や尊敬に値する社会的地位を得るチャンスがある。
つまり「教育を受ける」というのは子どもにとって自己利益の追求である。
そうであるなら、教育は自己責任で受けるべきである。本人か、その親が、将来期待される利益に対する先行投資として行うべきものである。
われわれ成功者は自助努力によってこの地位を得た。誰の支援も受けていない。
そして、自分の金で、自分の子どもたちに教育を受けさせている。
なぜ、その支出に加えて、赤の他人の子どもたちの自己利益追求を支援する必要があるのか。
だいいち、そんなことをしたらわれわれ自身の子どもたちの競争相手を育てることになる。
教育を受けたければ、自分の財布から金を出せ。
以上。
というのが、公教育制度導入までのアメリカの納税者たちのロジックであった。
いまの日本の奨学金制度を支えるロジックとほとんど選ぶところがない。
それに対して、公教育制度の導入を求める教育学者たちはこう反論した。
いやいや、それは短見というものでしょう。
ここでみなさんの税金を学校に投じると、どうなりますか。
文字が読め、算数ができ、社会的ルールに従うことのできる労働者が組織的に生み出されるのです。
その労働者たちがあなたがたの工場で働いたときに、どれくらい作業能率が上がると思いますか。それがどれくらいみなさんの収入を増やすと思いますか。
つまり、これはきわめて率のよい「投資」なんです。
公教育に税金を投じることで、最終的に得をするのはお金持ちのみなさんなんですよ。
「他人の教育を支援することは、最終的には投資した本人の利益を増大させる」というこのロジックにアメリカのブルジョワたちは同意した。
そして、世界に先駆けて公教育制度の整備が進んだのである。
私はこのときの教育学者たちが採用した「苦し紛れ」のロジックを批判しようとは思わない。
できるだけ多くの子どもたちに教育機会を付与することの方が、金持ちの子弟だけしか教育を受けられない制度より国益を増大させ、共同体の存続に有利に作用することは間違いない。
この実証的態度を私は多とする。
けれども、このアメリカの公教育導入の「決め」の一言が「他人の子どもたちの教育機会を支援すると、金が儲かりますよ」という言葉であったことの本質的な瑕疵からは眼を背けるべきではないと思う。
これは緊急避難的な方便ではあっても、公教育の正当性を基礎づける「最後の言葉」ではない。
公教育の正当性は、「金」ではなくて、「いのち」という度量衡で考量されねばならないからである。
できるだけ多くの子どもたちに教育機会を提供し、それをつうじて知性的・情緒的な成熟を促すことは、共同体全体が生き残るために必須である。誰それのパーソナルな利益を増減させるというようなレベルではなく、共同体成員の全員が生き延びるために教育はなされるのである。
子どもたちを教育することは、公的な義務である。
一定数の子どもたちが高等教育を受け、専門的な知識や技術をもち、それを活用することは、共同体全体の利益に帰着する。
だから公的に支援されるべきなのである。
奨学金はそのためのものである。
漱石の『虞美人草』には、人々の篤志によって授かった高等教育機会を自己利益のために利用しようとする青年が出てくる。
彼が受ける罰を詳細に描くことによって、漱石は明治に学制が整備されたその起点において、「教育機会を自己利益の追求に読み替えてはならない」という重要なアナウンスメントを行った。
その効果はたぶん半世紀ほどは持続した。
そして、いま消えている。
教育行政も、子どもたちも、親たちも、教育を受けること、勉強することは「自己利益を増大させるためのものだ」と思っている。
教育のコストは自己負担であるべきだというロジックはそのような世界においては合理的である。
私が言いたいのは、「教育のコストは自己負担であるべきだ」というロジックが合理的であるような社会は共同体として「滅びの道」に向かう他ないということである。


2010-10-11

公共性と痩我慢について

高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ」が復活して、今朝は「公的」と「私的」という論件が採り上げられた。
ぼくもそれについて高橋さんに追随して言いたいことがある。
まず、高橋さんの「ラジオ」から全文を引用。

「尖閣諸島」問題(中国にとっては「釣魚島」問題)でマスコミに「売国」の文字が躍った。「尖閣諸島はわが国固有の領土」といってる首相が「売国奴」と呼ばれるのだから、「中国のいってることにも理はある」といったらどう呼ばれるのだろう。非国民?
「尖閣」諸島はもともと台湾に付属する島々で、日清戦争後のどさくさに紛れて、下関条約で割譲されることになった台湾の傍だからと、日本が勝手に領有を宣言した、ということになっている。だとするなら、台湾を返却したなら、「尖閣」も返却するのが筋、というのも無茶な理屈じゃない。
というか、領土問題は「国民国家」につきまとう「不治の病」だ。日本も中国も、同じ病気なのだ。国家は病気(狂気)でいることがふつうの状態なのである。国民は、頭のイカレた国家に従う必要はない。正気でいればいいのだ。だが、今日したいのはその話ではない。関係はあるけれど。「尖閣」問題のような、あるいは、「愛国」や「売国」というような言葉が飛び交う問題が出てくると、ぼくは、いつも「公と私」はどう区別すればいいのだろうか、とよく思う。「公共」というような言葉を使う時にも、自分で意味がわかっているんだろうかと思う。そのことを考えてみたい。
この問題について、おそらくもっとも優れたヒントになる一節が、カントの『啓蒙とは何か』という、短いパンフレットの中にある。それは「理性の公的な利用と私的な利用」という部分で、カントはこんな風に書いている。
「どこでも自由は制約されている。しかし啓蒙を妨げているのは…どのような制約だろうか。そしてどのような制約であれば、啓蒙を妨げることなく、むしろ促進することができるのだろうか。この問いにはこう答えよう。人間の理性の公的な利用はつねに自由でなければならない。理性の公的な利用だけが、人間に啓蒙をもたらすことができるのである。これに対して理性の私的な利用はきわめて厳しく制約されることもあるが、これを制約しても啓蒙の進展がとくに妨げられるわけではない。さて、理性の公的な利用とはどのようなものだろうか。それはある人が学者として、読者であるすべての公衆の前で、みずからの理性を行使することである。そして理性の私的な利用とは、ある人が市民としての地位または官職についている者として、理性を行使することである。公的な利害がかかわる多くの業務では、公務員がひたすら受動的にふるまう仕組みが必要なことが多い。それは政府のうちに人為的に意見を一致させて公共の目的を推進するか、少なくともこうした公共の目的の実現が妨げられないようにする必要があるからだ。この場合にはもちろん議論することは許されず、服従しなければならない。」ここでカントはおそろしく変なことをいっている。カントが書いたものの中でも批判されることがもっとも多い箇所だ。要するに、カントによれば、「役人や政治家が語っている公的な事柄」は「私的」であり、学者が「私的」に書いている論文こそ「公的」だというのである。ぼくも変だと思う。実はこの夏、しばらく、ぼくはこのことをずっと考えていた。そして、結局、カントはものすごく原理的なことをいおうとしたのではないかと思うようになったのだ。たとえば、こういうことだ。日本の首相(管さん)が「尖閣諸島は日本固有の領土だ」という。その場合、首相(管さん)は、ほんとうにそう思ってしゃべったのだろうか。あるいは、真剣に「自分の頭」で考えて、そうしゃべったのだろうか。そうではないことは明白だ。首相は「その役職」あるいは「日本の首相」にふさわしい発言をしただけなのである。
自民党や民主党や共産党や公明党やみんなの党の議員が、政治的な問題について発言する。それが「問題」になって謝ったりする。その時、基準になるのは、彼らの個人的な意見ではない。「党の見解」「党員の立場」だ。それらを指して、カントは「私的」と呼んだのである。
国家や戦争について話をするから自動的に「公的」や「公共的」になるわけではない。しかし、それを「私的」と呼ぶのはなぜなのだろう。それは、その政治家たちの考えが一つの「枠組み」から出られないからだ。そして、その「枠組み」はきわめて恣意的なのである。
「尖閣」問題を、日本でも中国でもない第三国の人間が見たらどう思うだろう。「そんなことどうでもいい」と思うだろう。国家を失った難民が見たらどう思うだろう。「そんなくだらないことで罵りあって、馬鹿みたい」と思うだろう。「私的な争い」としか彼らには見えないはずだ。
では「私的」ではない考えなどあるのだろうか。なにかを考える時、「枠組み」は必要ではないだろうか。カントの真骨頂はここからだ。「公的」であるとは、「枠組み」などなく考えることだ。そして、一つだけ「公的」である「枠組み」が存在している。それは「人間」であることだ。
『啓蒙とは何か』の冒頭にはこう書いてある。
「啓蒙とは何か。それは、人間がみずから招いた未成年の状態から抜けでることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。人間が未成年の状態にあるのは、理性がないかではなく他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。だから、人間はみずからの責任において、未成年の状態にとどまっていることになる。」
「自分の頭で」「いかなる枠組みからも自由に」考えることの反対に「他人の指示を仰ぐ」ことがある。カントは別の箇所で「考えるという面倒な仕事は、他人が引き受けてくれる」とも書いた。それは、既成の「枠組み」に従って考えることだ。それが「公的」と「私的」との違いなのである。
国家や政治や戦争について考えるから「公的」なのではない、実はその逆だ。
それが典型的に現れるのが領土問題なのである。
「日本人だから尖閣諸島は日本の領土だと考えろ」と「枠組み」は指示する。同じように「中国人だから釣魚島は中国領だと考えろ」と別の枠組みも指示する。もちろん、ぼくたちは、思考の「枠組み」から自由ではないだろうし、いつも「人間」という原理に立ち戻れるわけでもないだろう。知らず知らずのうちに、なんらかの「私的」な「枠組み」で考えている自分に気づくはずなのだ。「公」に至る道は決して広くはないのである。
最後に少し前に出会ったエピソードを一つ。深夜、酒場で友人と小さな声で領土問題について話していた。あんなものいらないよ、と。すると、からんできた男がいた。男はぼくにいった。「おまえは愛国心がないのか。中国が攻めてきた時、おまえはどうする。おれは命を捨てる覚悟がある」だからぼくはこう答えた。
「ぼくには、家族のために投げだす命はあるが、国のために投げ出す命なんかないよ。あんたは、領土問題が出てきて、急にどこかと戦う気になったようだが、ぼくは、ずっと家族を守るために戦ってる。あんたもぼくも『私的』になにかを大切に思っているだけだ。あんたとぼくの違いは、ぼくは、ぼくの『私的』な好みを他人に押しつけようとは思わないことだ。あんた、愛国心が好きみたいなようだが、自分の趣味を他人に押しつけるなよ。うざいぜ」
ぼくも酔っぱらうとこういうことをいうんだなと思いました。訂正はしません。以上です。ご静聴ありがとう。

ぱちぱち。
高橋さんの素敵なスピーチをご紹介した。
僕がこれを引用したのは、カントとずいぶん近いことを(全く違う文脈で)述べた人が日本にもいたことを思い出したからである。
時代的には百年ほど後になるが、福沢諭吉である。
以前にこのブログでも紹介したが、その『痩我慢の説』の冒頭に福沢はこう書いている。
「立国は私なり、公に非ざるなり」
国民国家をつくるのはそれぞれのローカルな集団の「私」的な事情である。だから、国家というのは、本質的に「私的なもの」だ。
福沢はそう言い切る。
「なんぞ必ずしも区々たる人為の国を分て人為の境界を定むることを須(もち)いんや。いはんやその国を分て隣国と境界を争うにおいてをや。」
国境線を適当に引いて、「こっちからこっちはうちの領土だ、入ってくるな」とか言うのは所詮「私事」だと言っているのである。
「いはんや隣の不幸を顧みずして自ら利せんとするにおいてをや。いはんや国に一個の首領を立て、これを君として仰ぎこれを主として事え、その君主のために衆人の生命財産を空しうするがごときにおいてをや。いはんや一国中になお幾多の小区域を分ち、毎区の人民おのおの一個の長者を戴きてこれに服従するのみか、つねに隣区と競争して利害を殊にするにおいてをや。」
国境だの国土などというものは、人間が勝手にこしらえあげた、ただの「アイディア」だと福沢は言い放つ。
「すでに一国の名を成すときは人民ますますこれに固着して自他の分を明かにし、他国政府に対しては恰(あたか)も痛痒(つうよう)相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、そのこれを主張することいよいよ盛なる者に附するに忠君愛国の名を以てして、国民最上の美徳と称するこそ不思議なれ。」(福沢諭吉、「痩我慢の説」、『明治十年丁丑公論・痩我慢の説』、講談社学術文庫、1985年、50-51頁)
だが、福沢のラディカリズムが輝くのは、話が「ここで終わる」のではなく、「ここから始まる」からである。
国民国家というのは単なる私念にすぎない。
だが、困ったことに、私念にも固有のリアリティはある。
「すべてこれ人間の私情に生じたることにして天然の公道にあらずといへども、開闢(かいびゃく)以来今日に至るまで世界中の事相を観(み)るに、各種の人民相分れて一群を成し、その一群中に言語文字を共にし、歴史口碑(こうひ)を共にし、婚姻相通じ、交際相親しみ、飲食衣服の物、すべてその趣(おもむき)を同じうして、自ら苦楽を共にするときは、復(ま)た離散すること能はず。」
想像の共同体とはいいながら、起居寝食を共にしているうちに「情が移る」ということはある。それもまた人性の自然である。
福沢は気合いの入ったリアリストであるから、そこでぐいっと膝を乗り出してこう言うのである。
国民国家なんてのはただの擬制だよ。だがね、人間というのは弱いもので、そういうものにすがらなけりゃ生きていけない。その必死さを俺は可憐だと思うのさ。
「忠君愛国は哲学流に解すれば純乎たる人類の私情なれども、今日までの世界の事情においてはこれを称して美徳といはざるを得ず。すなわち哲学の私情は立国の公道にして、(・・・)外に対するの私を以て内のためにするの公道と認めざるはなし。」
立国立政府はカテゴリカルにはローカルでプライヴェートなことがらであるが、「当今の世界の事相」を鑑(かんが)みるに、これをあたかも「公」であるかに偽称せざるを得ない、と。
論理的には私事だが、現実的には公事である。
国家は私的幻想にすぎない。しかし、これをあたかも公道であるかのように見立てることが私たちが生き延びるためには必要だ。
別に国運が隆盛で、平和と繁栄を豊かに享受しているようなときには、そんなことを考える必要はない。
けれども、国勢が衰え、中央政府のハードパワーが低下し、国民的統合が崩れかけたようなときには、「国家なんか所詮は私的幻想ですから」というような「正しいシニスム」は許されない。
そういうときは、「間違った痩我慢」が要求される。
「時勢の変遷に従て国の盛衰なきを得ず。その衰勢に及んではとても自他の地歩を維持するに足らず、廃滅の数すでに明かなりといへども、なお万一の僥倖(ぎょうこう)を期して屈することを為さず、実際に力尽きて然る後に斃(たお)るるはこれまた人情の然らしむるところにして、その趣を喩(たと)へていへば、父母の大病に回復の望なしとは知りながらも、実際の臨終に至るまで医薬の手当を怠らざるがごとし。(・・・) さすれば自国の衰頽に際し、敵に対して固(もと)より勝算なき場合にても、千辛万苦、力のあらん限りを尽し、いよいよ勝敗の極に至りて始めて和を議するか、もしくは死を決するは立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務と称すべきものなり。すなはち俗に言う痩我慢なれども、強弱相対していやしくも弱者の地位を保つものは、単にこの痩我慢に拠らざるはなし。啻(ただ)に戦争の勝敗のみに限らず、平生の国交際においても痩我慢の一義は決してこれを忘れるべからず。(・・・)我慢能(よ)く国の栄誉を保つものといふべし。」
立国は私情である。痩我慢はさらに私情である。
けれども、これ抜きでは頽勢にある国家は支えきれない。
「痩我慢の一主義は固より私情に出ることにして、冷淡なる数理より論ずるときはほとんど児戯に等しといはるるも弁解に辞なきがごとくなれども、世界古今の実際において、所謂(いはゆる)国家なるものを目的に定めてこれを維持保存せんとする者は、この主義に由らざるはなし。」
「私事」を「公共」に変成するのは、私情としての「痩我慢」なのだ。
福沢はそう言う。
福沢のこのときの文脈を見落としてはいけない。
この文の宛先は一般国民ではなく、勝海舟と榎本武揚という二人の旧幕臣だからである。
これは「私信」なのである。
二人の傑出した人物が、幕臣でありながら、旧恩を忘れて新政府に出仕し顕官貴紳に列されたことを難じて福沢はこの一文を草した。
勝や榎本のような人間は「シニカルな正論」を吐いてはならない。「無茶な痩我慢」をしてみせて、以て百年国民の範となる義務がある。
ロールモデルというのがなきゃ共同体は保たないんだよ、と福沢は言っているのである。
そういう仕事は凡人にはできない。でも、あんたたちならできたはずだ。
人間の桁が違うんだから。
繰り返し言うが、発生的に国家は私事にすぎない。
だが、誰かが「治国平天下」のために生きるということをおのれの規矩として引き受けるとき、その個人の実存によって、「私事としての国家」に一抹の公共性が点灯する。
国家というのは成立したはじめから公共的であるのではなく、その存続のために「痩我慢」をする人間が出てきたときにはじめて公共的なものに「繰り上がる」。
国家は即自的に公共的であるのではない。
私事としての国家のために、身銭を切る個人が出てきたときに公共的なものになるのである。
公共性を構築するのは個人の主体的な参与なのだ。
誤解して欲しくないが、「だからみんな国家のために滅私奉公しろ」というような偏差値の低い結論を導くために私はこんなことを書いているのではない。
「だからみんな・・・」というような恫喝をする人間は「国家が本質的には私事である」という福沢の前提をまったく理解できていない。
彼らは自分が何の関与もしなくても、公共物としての国家は存在し、存在し続けると思っている。
それは「誰か」が自分の手持ちのクレジットを吐き出して、公共性のために供与することによってしか動き出さないのである。
そのような「痩我慢」は純粋に自発的な、主体的な参与によってしか果たされない。
痩我慢というのは、徹底的に個人的なものである。
そして、福沢は行間においてさらににべもないことを言っている。
そのような「痩我慢」を担いうるのは例外的な傑物だけである。凡人にはそんな困難な仕事は要求してはならない。
というのは、凡人に我慢をさせるためには強制によるしかないからだ。
政治的恫喝であれ、イデオロギー的洗脳であれ、そのような外的強制による我慢には何の価値もない。
そのような不純なものによって「私事としての国家」が公共性を獲得するということはありえない。
現に、北朝鮮では国民的な規模で「我慢」が演じられている。だが、外的強制による「我慢」が全体化するほど、この国はますます公共性を失い、「私物」化している。
「こんなこと、ほんとうはしたくないのだけれど、やらないと罰されるからやる」というのはただの「我慢」である。
それは何も生み出さない。
「こんなこと、ほんとうはしたくないのだが、俺がやらないと誰もやらないようだから、俺がやるしかないか」という理由でやるのが「痩我慢」である。
それは「選ばれた人間」だけが引き受ける公共的責務である。
高橋さんに向かって「俺は国のために死ねる」とうそぶいた酔漢は「そういうことを言わないと罰される」という恐怖によってそのような大言壮語を口にしている。
動機は(本人は気づいていないが)処罰への恐怖なのである。
自分が「我慢して公共的なふりをしないと罰される」という恐怖を実感しているからこそ、同じの言葉が見知らぬ隣りの客にも効果的な恫喝をもたらすだろうと信じているのである。
「痩我慢」している人間は決してそのような言葉を他人には告げない。

2010-10-10

内田ゼミのみなさまへの業務連絡

内田ゼミ在校生&わりと最近の卒業生のみなさま


こんにちは。内田樹です。


お元気でお過ごしですか。在学中のアドレスで連絡網回します。もうそのアドレスは使われていない・・・ということも多いと思いますので、同期のおともだち同士で「メール来た?」と確認しておいてくださいね。


さて、私は2010年度末をもって21年間つとめました神戸女学院大学を定年退職することになりました(ちょっとはやいけど、選択定年制で60歳になると退職できるのです)。


退職後は、住吉に道場兼住居を建てて(いま設計中)、そこで武道のお稽古を中心にのんびりくらす予定です。


つきましては、退職にともなうイベントをいくつか計画しておりますので、ご案内申し上げます。


(1)最終講義:1月22日(土)13:00~14:00 神戸女学院大学講堂 (講義終了後、EB館めじラウンジにて茶話会。その後、日が暮れてから、近くでパーティを予定しております)。


(2)最終ゼミ旅行:2月6日-9日/2月6日-11日 いつものバリ島(仕切りはいつもの下山くん)。今回はお仕事が忙しい人もちょっとだけ参加できるように「短期滞在ヴァージョン」もご用意しました。
詳細は下をご覧ください。
参加資格は「ゼミの卒業生、大学院の論文指導院生、大学院聴講生、ならびにその家族その友人」です。
たぶんすごい大人数の社員旅行みたいなものになると思いますけれど、ぼくは「社員旅行みたいなの」が大好きなので、勝手を申してすみませぬ。
詳細についてのお問い合わせと参加申し込みは直接KNTの下山さんあてにお願いします。


アドレスは


shimoyama075843@mb.knt.co.jp


です。椰子の木陰でピニャコラーダをのみながら、熱帯の風に吹かれてみんなで「ほげ~」としましょう。夫や赤ちゃんを連れて参加する方もいますので、その点もご遠慮なく。


よろしくご検討ください。
2/6~2/11 6日間 95,000円
2/6~2/9 4日間 82,000円
1人部屋追加代金 6日間28,000円/4日間14,000円
ビジネスクラス追加代金 60,000円


利用航空会社はガルーダインドネシア航空、宿泊ホテルはいつものとこです。


旅行代金に含まれないもの
関空使用料2,650円
現地空港税150,000ルピア(約1,700円現地空港払い)
燃油サーチャージ11,000円(10/6現在)燃油サーチャージは来年から改訂される可能性があります。


では!

2010-10-08

ヴァーチャル奉祝記事

今年も書きました、ノーベル文学賞予定稿。そして、今年も使われませんでした(泣)。
来年こそは使って欲しいですね。

村上春樹さんのノーベル文学賞受賞を祝う

  村上春樹さんが今年度のノーベル文学賞を受賞した。「ようやく」という感じがする。
毎年この時期になるとメディアから「受賞予定稿」を求められる。だから、このセンテンスを書くのもこれで六回目である。もちろんこれも予定稿。『1Q84』が現実の1984年とは別の1984年の世界の出来事を描いていたように、私もまた毎年「村上春樹がノーベル文学賞をもらった(現実には存在しない)世界」についての短い物語を書いてきたわけである。私は小説というものを書いたことのない人間であるから、たぶんこれが私の書いた唯一のフィクションということになる。
受賞奉祝記事には毎年ほぼ同じことを書いている。それは村上春樹の「世界性」を構成するのは何かという問いである。村上文学は一部の批評家たちからはひさしく「ポストモダン社会における都市生活者の浮薄で享楽的な生活を描いた風俗小説」という罵倒に近い批評を浴びてきた。けれども、そのような定義では、掃いて捨てるほど書かれている同類の作物の中で、村上春樹の作品だけが例外的に世界的なポピュラリティを博し、数十カ国語に訳され、宗教も政治体制も習俗も超えた読者を増大させ続けている理由を説明することができない。
村上文学の世界性をかたちづくっている要素は何か。私はそれをある種の「神話性」だと思っている。
人類すべてに共通する物語がある。「昼と夜」とか、「男と女」とか、「神と悪魔」とかいうのはそのような「世界に秩序を与えるための物語」である。それらの物語が語られたことによって、世界は分節され、整序され、有意化され、いまあるようなものになった。もしそれらの物語が語られなかった場合に世界がどのような相貌を示すことになったのか、私たちは想像することができない。「夜のない昼」とか「いまだ性化されていない世界における女性」というようなものを私たちは思い描くことができない。すでに物語的に分節された世界に産み落とされた私たち人間は「分節される以前の世界」には遡ることができないのである。
けれども、ある種の人々は世界が分節され、有意化され、今あるようなものになったその生成の瞬間に切迫したいという法外な野心をもつことがある。根源的に思考する自然科学者や哲学者たちがそうだ。彼らは宇宙の理法や存在の彼方について(えら呼吸しかできない魚が空気中に身を乗り出すように)許容された棲息条件を踏み超えてまでも思考しようとする。同じように、作家たちの中にも物語がいかなる作為も予断もなしに純粋状態で流出してくるその瞬間に-つまり世界が意味をもって顕現してくるその瞬間に-立ち会うことを切望する人々がいる。そのマインドセットは最先端で仕事をしている自然科学者とほとんど変わらないと私は思う。
村上春樹はそのような作家の一人である。村上春樹の世界性を担保しているのは、彼が「グローバル化した社会に共通する先端的な風俗や感性」のようなものを達者な筆致で描いているからではない(そのようなものはわずかの賞味期限ののちに「歴史のゴミ箱」に投じられるだろう)。そうではなくて、この作家が「私たちはなぜ物語を必要としているのか」という根源的な、ほとんど太古的な問いをまっすぐに引き受けているからである。人間が人間であるためには物語が語られなければならない。このことを村上春樹ほど真率に信じている作家は稀有である。
多くの作家は「いかに書くべきか」という問いを「いかに書けば批評家に『先端的』『前衛的』と評価されるか」「いかに書けば『私の唯一無二性』を誇示できるか」「いかに書けば市場に選好されるか」といったプラクティカルな問いに置き換えて考えている。村上春樹はそうではない。彼はまっすぐ人間の想像力の根源にある「暗い場所」に垂鉛を下ろしてゆく。それが人間にとってのたいせつな仕事、「類的使命」の一つだということを確信しているからである。その作業についての作家自身の言葉を引いておこう。
「僕は決して選ばれた人間でもないし、また特別な天才でもありません。ごらんのように普通の人間です。ただある種のドアを開けることができ、その中に入って、暗闇の中に身を置いて、また帰ってこられるという特殊な技術がたまたま具わっていたということだと思います。そしてもちろんその技術を、歳月をかけて大事に磨いてきたのです。」(『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』、2010年、文藝春秋、89頁)
この錬磨の努力を自らに課す作家を同時代に得たことを一読者として素直に喜びたい。