2010-09-29

クリエイティブ・ライティングの告知

明日から、クリエイティブライティングの授業が始まります。私が大学で講じる最後の講義科目です。
というわけですので、ちょっと気合いを入れて、ノートなんか作ってみました。
とりあえずはシラバス的なのを。

教育目的
今年度の「クリエイティヴ・ライティング」は「言葉を使う」という営みそのものを根底的に問い直すことから始めたいと思います。
私たちはごく自然に自分は言葉を使って「言いたいことを表現する」という言い方をします。でも、ほんとうにそうなのでしょうか。現に、言いたいことはなかなかうまく言えません。たいていの場合、私たちはつい出来合いの言葉を使って近似的な表現に甘んじたり、言いたいことに言葉が届かなかったりします。つまり、私たちの言語運用はつねに「言い過ぎる」か「言い足りない」かどちらかなのです。

「言い過ぎた」と「言い足りなかった」というふうに「過不足」を語れるということは、「言葉と思いがぴたりと合った理想的な状態」を私たちがどこかで想定しているからです。でも、そのような状態を私たちはたぶん生まれてから一度も経験したことがないし、これからもたぶん経験することがないでしょう
「お腹が空いたね」というような、これ以上はないほどシンプルな表現でさえ、そう告げた相手が例えば「え?もう腹減ったのかよ?だからデブになるんだよ」というふうに応じた場合には、こちらの空腹感はたぶん一瞬のうちに消え失せてしまっているでしょう。口にした一秒後に「思い」と一致しなくなる言葉はたぶん「ほんとうに言いたいこと」ではありません。
言葉と思いが一致した理想的な状態なんて私たちは誰も経験したことがありません。でも、それを求めて止みません。それは「思いと言葉が一致したので、すごく気分がよかった」ということが原体験にあるからではなくて、「思いと言葉があとちょっとで一致しそうなところまで行ったのだけれど、あとちょっとでずれた」という「あとちょっと経験」(ラカンの用語を使っていえば、「原初的不調和」)が原体験にあるからではないでしょうか。私はそんなふうに思います。
そこで私の仮説です。
びっくりされるかも知れませんが、「あとちょっとで言葉が届きそうになった『私がほんとうに言いたいこと』」というのはほんとうは存在しないんじゃないでしょうか。
つまり、「的をそらした」という感覚だけが存在して、「的」なんかほんとうはない、と。そしてクリエイティヴな、あるいはイノヴェーティヴな言語というものは、極論するとこの「的をそらした」という感覚にどこまで執拗にこだわり続けることができるか、その持久力によってもたらされるのではないでしょうか。
わかりにくいですね。すみません。
でも、これは長い話だからしかたないです。というわけで、今回のクリエイティヴ・ライティングでは、ひさしぶりに「言語論」の序論を(少しだけ)教壇で講じてみようかと思います。ソシュールの一般言語学、ロラン・バルトのエクリチュール理論、精神分析と言語、物語の形態学、アナグラム・・・といった問題群についての基本的な理解があるだけで、みなさんの言葉についての理解はずいぶん深くなるはずです。
もちろん、クリエイティヴ・ライティングですから、授業の中心はあくまで「書くこと」です。学生諸君にはいろいろな主題で、いろいろな手法で、実際にものを書いてもらいます。私たちが言語をどんなふうに使っているのか、それについて「なんだかよくわからなくなった」というようなことがあれば、それだけで当面の教育目的としては十分かなと思います。

評価
平常点と随時課する「書き物」から評価します。それなりの知的集中力が必要ですので、そのつもりで履修してくださいね。

ちょっとだけ考えた扱う論件は

(1)      ソシュールの一般言語学講義:記号について
(2)      ロラン・バルトとエクリチュール論
(3)      エクリチュールあるいは「ヴォイス」
(4)      声を聴くのは誰か?
(5)      倍音としてのエクリチュール 「聴きたい音」が聞こえるという経験について
(6)      非整数次倍音を語るために:「他者が語る言葉」をどのようにして自らの言語のうちに取り戻すか?
(8)      ソシュールとアナグラム
(9)      時間的差異(聞こえない音を聴く=倍音経験)と空間的なずれ(見えないものを見る=アナグラム経験):differance と書くこと。

すごいですね。ソシュールにバルトにラカンにデリダにブランショですよ。
最後の授業だからね、たまには仏文学者っぽいこともやらないとね。
でも、学生さんたち寝ちゃうかも・・・
寝るよね。絶対。



めぐみ会の浜松支部で公開講演会をやります。
ご近隣にお住まいのかた、どうぞお越しください。


2010年度 神戸女学院めぐみ会静岡支部 公開講演会
演題*  生き延びる力 ~成熟した社会を目指して~
日時* 2010年10月23日(土)
   講演会 13:30~15:00(開場12:30~)
   懇談会(質疑応答あり、ケーキ・お茶付き)15:00~16:00
会場* グランドホテル浜松  レ・アンジェの間
(※浜松駅から車で5~10分、無料シャトルバスもご利用いただけます)
受講料* 2,000円 (定員120名)
お申し込み&お問い合わせ先*
    e-mail:  ari-fine@docomo.ne.jp
           Tel:  090-7116-0221
メッセージ* 
  ブログやご著書の愛読者の皆さまに、内田先生の“ライブ”をお楽しみいただければ、格別な喜びです。……日に日に残席が減っておりますので、参加ご希望の方は、どうぞお早めにお申し込みください。

大きな物語の復権

FM東京からの電話取材で「マルクスブーム」についてお話する。
「今どうしてマルクスなのか?」
ってさ、この定型的なタイトルなんとかなりませんか・・・
まあ、よろしい。
どうして、私たちは今ごろ「マルクス本」を書いたのか。
それについては『若マル』の中に縷々書いたので繰り返すの面倒だが、やはり最大の理由は「グランド・セオリーの復権」という思想史的な軌道修正である。
「グランド・セオリーの終焉」というのは、ご存じポスト・モダニズムの惹句である。
世界を概観し、歴史の流れを比較的単純なストーリーパターンでおおづかみに説明するような「大きな物語」を退けたポストモダニストたちは、きわめて複雑な知的ハイテクノロジーを駆使して、何を書いているのかぜんぜんわからない大量のテクストを書きまくった。
「何を書いているのかぜんぜんわからないテクスト」を書く人間はもちろん「わざと」そうしているのである。
それは読者に「この人は、どうしてこんなにむずかしく書くのだろうか?」という問いを発させるという遂行的な目的があるからである。
このような問いを立てた読者は高い確率で「この著者は私に理解できないことをさらさらと書けるほどに知的に卓越しているのだ」という判断を下すことになる。
この反応は人類学的には実はたいへんに正しいのである。
「なんだかわけのわからないもの」に触れたとき、「これは理解するに値しないほど無価値なものだ」とただちに断定するタイプの人間と、「これには私の理解を超える価値があるのではないか」と推量するタイプの人間ではどちらが心身のパフォーマンスを向上させる可能性が高いか、考えればわかる。
「わけのわからないもの」に遭遇したとき、「ふん」と鼻を鳴らして一瞥もくれずに立ち去るものと、これはいったい何であろうかと立ち止まってあれこれ思量するものでは、世界に対する「踏み込み」の深さが違う。
「疎遠な世界を親しみ深いものに変換する」ことにつよい意欲をもつ人間は「既知のもの以外には何の関心も示さない」人間よりも当然ながら環境とのかかわりが深くなる。
それは長期的には、その個体の「生き延びる確率」に有意な影響をもたらすことになる。
だから、私たちの深層には「なんだかわけのわからないもの」に遭遇したら、とりあえず満腔の関心と敬意を以て接すべしという類的な命令がインプリントされているのである。
それは生存戦略として正しいのである。
そして、ポストモダニストたちは私たちに深々と刻印されたこの類的反応を巧みに利用した。
ラカンやフーコーやデリダのような先駆者たちは自覚的に「わけのわからない」文体を選択したのだが、それに後続するエピゴーネンたちは必ずしもそうではなかった。
彼らの書きものがどんどんわかりにくくなったのは、あらゆる既存の「物語」を棄て、いかなる定型にも回収されずに高速で疾走し続けるノマド的な運動態こそが「知のあらまほしき様態」としてリコメンドされたからである。
ポストモダン知識人たちは、読んで「わかる」というのは、既知に同定され、定型に回収されることであるから、読んでも「わからない」方が書きものとしては良質なのだと考えた。
推論としては合理的である。
そして、ついに書いている本人さえ自分の書いたものを読んでも意味がわからないという地点にまで至って、唐突にポストモダンの時代は終わった。
もし、いまマルクスが再び読まれ始めているというのがほんとうだとしたら、それは「『大きな物語の終焉』という物語」が終焉したということではないかと私は思う。

2010-09-27

「あの、ちょっと」な本について

大学に来てメールボックスをチェックするとき、いちばん頭が痛いのが、「献本」である。
自分もずいぶんたくさんの人に本を送りつけているので、人のことは言えないのだが、それは友人知人宛てであって、見知らぬ人に送るということはしない。
もちろん、編集者が独自の判断で送るということはある。各紙の書評担当者に送るとか、あるいは一読して激怒、私に筆誅を加えそうな書き手にも送ることがある(そうすれば書名が繰り返しメディア上で言及され、高いパブリシティ効果が期待できるからである。「これほど悪口を言われる本なら読んでみたい」というふうに考える読者は決して少なくないのである)。
私だって友人知人から送られてくる本はうれしく頂戴する。
困るのは知らない人から送られる自費出版本である。
私も自費出版で何冊も本を出したことがあるから、市場のニーズとは違うレベルで、それぞれに深い思いと個人的必然性があって本を出された事情はよくわかる。
けれども、「ご高評を賜りたい」とか「推薦文を書いて頂きたい」とか「ご面談の上、販売戦略についてご意見伺いたい」とか言われるうちに、「あの、ちょっと・・・」と腰が引ける本に出会うことがあるのである。
「あの、ちょっと」本の多くに共通する特徴は「私の理論によれば世界のできごとはたちまち快刀乱麻を断つがごとく解明される。どうしてこんな簡単な理屈が諸君にはわからないのだ。困ったものだ」という「見下し」目線である。
「世間はバカばかりなので、私の才能を評価できない」という言葉づかいは青年客気の通弊であり、プライドの高い青年はうっかりするとこれに類するフレーズをふっと口走ってしまうものであるから私はそれを責めようとは思わない。
その種の矜持はある意味では「健常」の徴候である。
けれども、まったく同じ言葉を口にしても、それがどこかしら「不自然」で「病的」に響く場合もある。
この識別がむずかしい。
別に若い時に言えば健全だが、年を食ってから言うと病的というほど単純なものではない。
若い人が口にしても「怖い」場合があり、老人が口にしても共感を呼ぶ場合がある。
年齢はあまり関係ない。
社会的立場とも関係ない。
でも、「あの、ちょっと・・・」という印象をもたらすものと「ほうほう、元気のよろしいことで」と思わず微笑むものとの間には歴然とした違いがある。
その差は奈辺に存するのであろうか。
それはたぶん「公共性」に対する配慮の差なのであろうと思う。
つまり、「私の言葉ははたして他者に届くだろうか?」というコミュニケーションの存立についての配慮よりも、「私の言葉は正しい」という真理性の挙証の方を優先させるタイプの人の書くものは「あの、ちょっと」本になりやすい。
大学の授業とか、道場というところは公共性の高いところである。
だから、「ちょっとあぶなそうな人」に対しても原則的には門戸が開放されている。
公共性が「あぶなさ」の発現を抑制するからである。
道場は原則として出入り自由である。
「学びたい」という自己申告があれば、誰でも受け容れる(学校はそれほど開放的ではないが、アカデミアは本質的には万人に開放されたものでなければならないと私は思っている)。
けれども、そのような公共的な場では、おのれの私見をうるさく主張して、迷惑な行動に出る人は少ない。
たぶん、それは公共性の高さが関与している。
擬制的にではあれ「公共の福利」あるいは「治国平天下」をめざすような公共性の高い場は「ちょっとあぶない」人に対する心理的なハードルが存在するようなのである。
私の経験した限りでは、いあわせた人が突然「問題行動」を起こすことがいちばん多いのは「講演会」である(立ち歩く、睨みつける、いびきをかいて眠る、小声で何かつぶやき続ける、などなど)。「カルチャーセンター」がそれに続く。「学校」は比較的少なく、もっとも少ないのが「道場」である。
これはたぶん「匿名性」と「身体性」に相関していると私は見ている。
匿名性が保証されている場所ほど、人は攻撃的、秩序紊乱的であることを自分に許す。
固有名が特定され、問題行動に対してピンポイントで処分や訴追がなされる可能性が高いほど、謙抑的、秩序維持的にふるまう。
当たり前ですけど。
だが、より興味深いのは、身体性と問題行動が負の相関にあることである。
身体的な技法教授の場においては、妄想的な言動をあえてするものは少ない。
妄想的であることと、身体技法を学習することは両立しがたいのかも知れない。
むろん、まれには道場でなお「あの、ちょっと」的言動をする人もいないことはない。
だが、彼らは例外なしに身体が硬い。
肩や肘の関節が硬くてほとんど曲がらない。
ミラーニューロンが機能不全で、簡単な動作を模倣することができない。
「マッピング」が苦手で、空間内の自分のポジションの把握がうまくできない。
だから、そのような諸君の多くは身体を痛めて稽古を止めてしまう(あれだけ身体が硬ければ、関節技や受け身の稽古はほとんど拷問に等しいであろう)。
道場は「身体的ハードル」によって妄想的なタイプの人をスクリーニングしているようである。
これらの断片的事実から推論される結論は意外なことに「公共性と身体性は相関する」ということである。
書いている私もびっくりである。
身体技法の学習とは、端的に言えば、他者(師匠)の身体との鏡像的同期のことである。
他者の身体に想像的に入り込み、他者の身体を内側から生きるということが身体技法の修業ということのすべてをそぎ落としたときの本質である。
その修業は「どのようにして他者の身体に同期するか。どのように呼吸を合わせるか。どのように筋肉のテンションや関節のしなりを揃えるのか。どのようにして内臓感覚を一致させるか」といった一連の技術的な問いをめぐって進行する。
それらの問いは「どのようにして他者との深く、肌理細やかなコミュニケーションの回路を存立させるか」というふうにも言い換えることができる。
コミュニケーションの回路を行き交う「コンテンツ」の意義や真理性よりも、コミュニケーションの「回路そのもの」が順調に機能しているかどうかを優先的に配慮する人間はたぶん「あの、ちょっと」的な本は書かない。
そういうことではないかと思う。
などといろいろ勝手なことを書いていますが、これはもちろん「あなたが送ってくれた本」の話ではありません。
Don’t take it personal

2010-09-26

外交について

尖閣列島近海での巡視船と中国漁船の衝突事件をめぐって、日中の外交関係が緊張している。
外交関係の要諦は「自国の国益を守る」という目標をできるかぎり遠く、広い射程でとらえることである。
日本の場合の「国益」と中国の場合の「国益」理解は深度も射程もずいぶん違う。
そのことを勘案せずに、「同じようなことを考えている」二国が綱の引き合いをしていると考えると、外交交渉は行き詰まる。
日本と中国はこの問題についていくつか「違うこと」を考えている。
それは、言い換えると中国の「国益」と日本の「国益」がゼロサム的な関係ではないレベルが存在するということである。
そこに指をかけて、こじあけるしか外交上のデッドロックを解決する方途はない。
日本と中国の国情の最大の違いは、中国の統治形態が日本に比べるときわめて不安定だということである。
『街場の中国論』にも書いたことだが、中国の為政者は外交上の失敗によって、「トップの交代」にとどまらず、場合によると「政体の交代」の可能性を配慮しなければならない。
14億の国民のうち10%は少数民族であり、チベットやウイグルをはじめとして、どこでも民族自立をめざすナショナリズムの熾火が一定の熱を保っている。
中央政府のハードパワーが落ちれば、あらゆる国境地域で独立運動が起き、場合によっては内戦が始まるというリスクをつねに勘定に入れて中国政府のトップは外交政策を起案し実行している。
日本政府は、そのようなリスクを勘定に入れる必要がない。
菅政権がどれほど外交上の失点を重ねようと、内閣の辞職や国政選挙での与党の惨敗というようなことはありえても、九州や北海道が独立するとか、内戦が始まるとか、戒厳令が布告されるといった事態を想像する必要はない。
外交上の失敗がトップの首のすげ替えに止まらないきわめて深刻な統治上の混乱を招来する可能性のある中国政府と、その心配のない日本政府とでは同一のイシューについて「負けたときに失うもの」が違う。
日中両国では、外交交渉で失敗したときに「失うもの」の大きさが違うということ、これが外交上のデッドロックを乗り越えるための手がかりになる。
中国政府が領有権問題で強硬姿勢をとるのは、外国に領土的に屈服した歴史的事実に対する国民的な屈辱の記憶が生々しいからだ。
1840年の阿片戦争の敗北で巨額の賠償金と香港の割譲を強いられて以来、1949年の中華人民共和国成立まで、100年以上にわたり中国人は外国に領土的に屈服し続けてきた。100年以上、まるで肉食獣に食い散らかされるように、国土を蚕食され、主権を脅かされてきた国民の「領土的トラウマ」がどれほどのものか、私たちは一度彼らの立場になって想像してみる必要がある。
「領土的譲歩」は中国人に「屈辱の100年」を想起させる。
「世界に冠絶する」はずの中華帝国臣民が欧米日の商人たちや兵士たちの下風に立って収奪され、野蛮人のように足蹴にされた100年の経験の精神外傷の深さを私たちは過少評価すべきではない。
領土問題について、中国人は先進国中では「世界最悪の記憶」を有している。
その心理的な脆弱性が中国政府の外交上の「かたくなさ」として現象している。
この心理的な脆弱性はむしろ日中の領土問題における「手がかり」となるだろうと私は思っている。
領土問題について日本政府が中国政府にまず示すべきメッセージは「私たちはあなたたちの統治上のリスクと、心理的な脆弱性を理解している」ということである。
私たちはイーブンな交渉相手として外交のテーブルについているわけではない。
日本はいまのところ軍事力と経済活動のいくつかでは中国に劣るが、それ以外の点では中国より優位に立っている。
圧倒的な優位は「負けしろ」の多さである。
真の国力というのは「勝ち続けることを可能にする資源」の多寡で考量するものではない。
「負けしろ」を以て考量するのである。
どれほど外交内政上の失策を犯しても、どれほど政治的無策が続いても、それでも法治が継続し、内戦が起こらず、テロリスト集団が形成されず、略奪や犯罪が横行しない「民度的余裕」において、日本は世界最高レベルにある。
その意味で、日本は中国に対して(中国以外のどの国に対しても)外交上、圧倒的な優位にあると私は考えている。
外交上、「一手も打ち間違えるわけにはゆかない」という緊張が日本人には求められていない。
かなり打つ手を間違えても、それが統治システムそのものの崩壊の危機にまでゆきつくことはない。
もちろん、その「ゆるさ」のせいで、権謀術数に長けたマキャヴェリストが出てこないという弊はあるが、「凡庸な人間でも外交ができる」という利の方がはるかに大きいと私は思う。
中国政府は領土問題で「一手も打ち間違いができない」というタイトな条件を課せられている。
日本政府はそのような国内事情がない。つまり、日本は尖閣列島の領土問題については「軍事的衝突を含めても解決を急ぐ」ような喫緊の理由がないということである。
中国政府は「領土問題では一歩も譲歩しない」という政府の姿勢を国内的にアピールできれば、とりあえずは外交的得点になる。
さらに強押しして、日中関係がほんとうに破綻に瀕した場合、日本市場において「中国製品ボイコット」が起き、日本の資本や生産拠点の中国大陸から引き上げられた場合の経済的ダメージは中国の方がはるかに大きい。そのことは中国政府も十分に理解しているだろう。
だから、領土問題について、中国政府にはこれ以上「深追い」する気はないと私は見ている。
「深追い」して、華やかだが困難な外交的目標を示した場合、それを履行できなければ、中央政府の威信を低下させることになる。
自分で自分のフリーハンドを制約するような無意味なことは、合理的に考える為政者はしないだろう。
「謝罪と賠償」はおおかたの中国ウオッチャーが見ているように国内向けの(とくに党内保守派に対する)アピールであると私も思う。
かつて胡耀邦は親日的な外交を展開して、革命世代の逆鱗に触れて、その地位を追われた。
温家宝はその胡耀邦の業績を高く評価した論文を半年前に発表したばかりである。
おそらく胡錦濤-温家宝の「親日路線」へのシフトを攻撃しようとする勢力とのあいだの党内権力闘争が今回の「事件」の背後には伏流している。
「親日的」というレッテルを貼られることの政治的意味を胡錦濤-温家宝ラインは胡耀邦の実例から学んでいるはずであるから、「日本には一歩も譲歩しない」というジェスチャーは政権保持のためには掲げざるを得ない。
そのような双方の国内事情についての「理解」の上にしかクールでリアルな外交は構築できないと私は思う。



2010-09-24

超多忙な10日間

ずうっとブログを更新していなかったのは、もちろん「超多忙」のせいである。
ブログ更新は朝起きて、珈琲を飲みながらやるのだが、朝起きてそのまま仕事に出かけたり、朝起きて来ているメールに返信していたら午前中が終わっていたり、朝起きたらもう朝じゃなかった・・・というようなことが重なったために、更新ができなかったのである。
ブログに日記を書くのは私にとってはたいせつな思考の整理作業なので、これに割く時間がとれないとほんとうに困るのである。
とにかく、今月分のすべての締め切り原稿を送信し終えたので、いまは朝ではないが、915日から今日まで10日間のできごとを備忘のために記しておく。
915日(水)免許更新のため明石へ。平川くんが前に免許更新の日を一年間間違えていて、鮫津についたその場で免許取り消しになったというオソロシイ出来事があったので、期限切れ2週間前にさくさくと更新に行く。
今回は過去3年間に軽微な違反1回(何の違反だったか覚えていないけど)だったので、講習は1時間で終わり、さくっと5年間有効の免許証をもらって帰る。
916日(木) 伊藤歯科にて治療。そのあと大学で読売新聞取材。「不安」について。
917日(金)大学で朝10時から17時まで連続会議。がっくり疲れる。
918日(土)~20日(月)多田塾甲南合気会&神戸女学院大学合気道部の合宿。於:神鍋高原ときわ野。
ここで合宿が始まって12年、23回目の合宿。
最初が合気道部史に語り継がれる「湯郷温泉・死の合宿」、それから「大山・道場まで遠い合宿」、「小豆島・道場めちゃ汚くて暑い合宿」、「淡路島・まわりはちゃらちゃらしたテニスサークルばかりのペンション合宿」「淡路島・壁にこわい絵が描いてあり、布団が濡れていて、道場の畳が腐っていた合宿」などを経由して、「湖西・冬はめちゃ寒いけど、夏は泳げて快適合宿」にしばらく落ち着いたのである。
ところが好事魔多し。ひなびた宿であった定宿がいつのまにか人気スポットとなり、ガラの悪い兄ちゃん姉ちゃんおっさんたちが道場周辺を跋扈するようになり、ついにわれわれの部屋の前の廊下で酔っぱらいオヤジがゲロを吐くに及んで、ウチダの忍耐も限界に達し、琵琶湖に断固別れを告げ、19989月にこの神鍋のNホテル(当時はそういう名前であった)に「終の棲家」を見出したのである。
爾来風雪を重ねること10年余。来春でここでの合宿は24回目となる。
バーベキューのときに「生ビール飲み放題」サービスをしてくれたり(これは一回だけ。あまりの凄まじい飲みっぷりにオーナーさんもびっくりして翌年からは有償となった)、先年はわれわれのために畳を新調してくれたり、とハートウォーミングな歓待を尽くしてくれる「T野」さんなのである。
ほんとうは名前を公開してパブリシティに一臂の力を差し上げたいのであるが、「そんなによい旅館なら、そこで合気道の合宿をしよう」と企てる関西近県の道場や大学がわらわらと出現してくると、われわれの「貸し切り状態」に支障が出るやもしれぬので、泣く泣く実名公開を控えるのである。
今回の合宿では、イワイさん、ユアサくん、大迫力と書いて「おおさこ・ちから」と読むオーサコくん、学生ではヤナミーとタカミーが1級に昇級。アーリーとカナコの新旧主将が同時入段で、「栄光のザ・ブラックベルツ」入りを果たした。善ちゃんとオギノくんが二段、ハラダさんが参段、そして、ウッキーが四段に昇段した。
ウッキーの四段は、松田先生、かなぴょん、くー、おいちゃん、やべっちに続く6人目の快挙である。
諸君のますますの精進を期すものである。
合宿の仕切りに奔走していただいたき「にょにょえさん」と谷尾さん、手の込んだ旅のしおり作成と「ローソク」芸の発明の功に対してはサキヤマ姉妹に、この場を借りてお礼を申し上げたいと思う。
あ、それからウチダの還暦のお祝いもしていただきました。
みなさんどうもありがとう。
921日(火)昼から週刊現代取材、朝日新聞取材。
922日(水)終日原稿書き。夕方から三宅先生のところでぐりぐり。
923日(木)午前中お掃除。昼から甲南麻雀連盟例会。ひさしぶりにドクター佐藤、だんじりが終わって真っ黒に日焼けした江さん、「21世紀最悪の二日酔い」から回復された青山さん、イタリア帰りの画伯と森永一衣さんご夫妻もお見えになり、3卓の立つ、にぎやかな鉄火場となった。
総長は今期絶不調であるが、この日はもう壮絶なボロ負け。4戦して4回3位という前代未聞の不名誉な記録を作ってしまった・・・すでに勝率は2割を切った。このまま私が負け続けると、いつか発作的に「もうやってらんね。甲南麻雀連盟なんか解散じゃい!」というような暴挙に出るかも知れないということを雀友たちは果たして理解されているのであろうか。理解しているようには見えぬのが懸念されるが。


2010-09-14

法の制定について

高橋源一郎さんがツイッターでルソーの『社会契約論』を引いて民主主義というシステムについて書いている。
私もこれとほとんど同じ内容のことを先日の中沢新一さん、平川克美くんとのセッション、『迷走する資本主義』で話した。
別にそれは不思議な暗合でもなんでもなくて、このあいだ高橋さんと『Sight』の仕事でご飯を食べたときに、高橋さんが民主主義というシステムはベストのものではないという論件を提起したので、その話題でずいぶん盛り上がったからである。
民主主義に限らず、どのような政治システムも、その「健全さ」は最終的にそのシステムのもたらした「コラテラル・ダメージ」について「私が責任を取る」と名乗り出る、生身を備えた人間がいるかどうかによって考量されるほかないと私は思っている。
これについては、前に「未履修問題」について書いたことと原理的には同じである。
未履修問題について、私はこう書いた。

私の見るところ、この履修問題が顕在化したプロセスはつぎのようなものである
(1) 学習指導要領と現場での教育内容には乖離がある
(2) この乖離を学校と教育委員会は法規の「弾力的運用」によってつじつまあわせをしていた
(3) 「弾力」の度が過ぎたので、あちこちでほころびが出た
この現状認識に特に異存のある方はいないであろう。
(・・・)
問題は(2)と(3)の間にある。
法規と現実のあいだに齟齬があるときには、「事情のわかった大人」が弾力的に法規を解釈することは決して悪いことではない。
今回の問題は(3)の「度が過ぎた」という点である。
「弾力的運用」ではなく、いくつかの学校では必修科目をネグレクトすることが「硬直化した構造」になってしまっていたということが問題なのである。
「度が過ぎた」せいでシステムがフレキシブルで生産的になるということはない。
これは経験的にはっきり申し上げることができる。
「度が過ぎる」とシステムは必ず硬直化する。
原理主義の度が過ぎても、自由放任の度が過ぎても、「政治的正しさ」の度が過ぎても、シニスムの度が過ぎても、放漫の度が過ぎても、厳格さの度が過ぎても、必ずシステムは硬直化し、システムの壊死が始まる。
そういうものである。
最初に文科省からのお達しを聴いて、「これをそのままに現場でやることは現実的にはむりだわな」と判断して、「というわけですので、みなさんここはひとつ私の顔に免じて、弾力的にですな、ご理解いただくという」というようなことをもごもご言った人がいた段階ではシステムはそれなりに「健全に」機能していたのである。
私はそう考える。
だから、「私の着任以前の何年も前からルール違反が常習化しており、私も『そういうものだ』と思っておりました」というようなエクスキュースを口走る管理職が出てきたことがシステムの壊死が始まっていた証拠である。
彼らはバブル末期の銀行家たちと同じように、「在任中に事件化しなければ、どのような法令違反も見ないふりをする」というかたちでルール違反を先送りしてきた。
だが、「超法規的措置」とか「弾力的運用」ということがぎりぎり成り立つのは、それが事件化した場合には、「言い出したのは私ですから、私が責任を私が取ります」と固有名において引き受ける人間がいる限りにおいてである。
法理と現実のあいだの乖離を埋めることができるのは固有名を名乗る人間がその「生身」を供物として差し出す場合だけである。
川島武宜先生は「生身」を差し出すことによる「ソリューション」の代表例として河竹黙阿弥の『三人吉三廓初買』の「庚申塚の場」を挙げている。
お嬢吉三という悪党が夜鷹から百両を奪う。それを目撃して、「その百両をよこせ」と強請るのがお坊吉三。二人が刀を抜いて金を争うところに、もう一枚上手の悪者である和尚吉三が登場する。
そして二人に向かって「己に預けて引いて下せえ」と持ちかけ、二人がとりあえず収めると、こう続ける。
「ここは一番己が裁きを付けようから、厭であろうがうんと云って話に乗ってくんなせえ。互いに争う百両は二つに割って五十両、お嬢も半分お坊も半分、留めに入った己にくんねえ。其の埋草に和尚が両腕、五十両じゃ高いものだが、抜いた刀を其儘へ収めぬ己が挨拶。両腕切って百両の、高を合わせてくんなせえ。」
言われた二人は刀を和尚吉三の腕に添えて、その腕を引き、自分たちの腕も引いて、それぞれ腕から流した血を啜り合って、「かための血盃」で兄弟分となる・・・というたいへん心温まるお話である。
これは紛争の超法規的=日本的解決の典型的な事例であると申し上げてよろしいであろう。
しかし、この調停が成功するのは、和尚吉三が「両腕」を供物として差し出すからである。
非妥協的な利害の対立の場面に「弾力」を導入することができるのは生身の身体だけである。
対立の場にねじこまれた生身の身体によって、対立の当事者たちはそれぞれ半歩退き、そこに一時的な「ノーマンズラ・ンド」(非武装中立地帯)のようなものができる。
これがソリューションとして有効なのは、それは当事者も仲裁者も、誰もがこの解決から利益を得ないからである。
(・・・)
ことのはじめに学習指導要領の「弾力的運用」に踏み切った現場の校長や「見て見ぬ振り」をした教育委員会の諸君は、多少とでも「和尚吉三」的エートスを残していたように私には思われる。
文科省と生徒の間に立って、「これで高を合わせておくんなせえ」と「手打ち」をもちかけたのである。
ことが発覚して、糾弾された場合には潔く「両腕」ならぬ辞表くらい差し出す覚悟はあったであろう(希望的観測)。
法規の弾力的運用が許されるのは、そのような仕方で固有名をもった個人がおのれの「生身」を担保に置く場合だけである。
誰も責任を取る人間がいない「法規の弾力的運用」は単なる違法行為である。
責任を取る気のある人間は「ばれた場合に300時間の補習が必要になる」ような「度の過ぎたルール違反」はしない。
とてもじゃないけど、責任の取りようがないからだ。
こんなルール違反ができるのは「はなから責任を取る気のない人間」だけである。
責任をとるつもりでいる人間が自前の「生身」を差し出している限り、「常識的に考えてありえない」ような「度の過ぎた」ルール違反はなされない。
「度が過ぎる」のはいつだって「前任者からの申し送り」を前例として受け容れ、その違法性について検証する気のないテクノクラートたちである。
彼らの罪は重い。
(引用ここまで)

これは4年前に書かれた文章だが、私が言いたいことは、民主主義についても変わらない。
私が言いたかったことは、次の一文に集約される。
法理と現実のあいだの乖離を埋めることができるのは固有名を名乗る人間がその『生身』を供物として差し出す場合だけである。」

統治にかかわるすべての議論は、深刻なアポリアを含んでいる。
それはある統治形態の設立は、その統治形態の下での法の執行ではないということである。
専制体制が覆されて、民主制が樹立するプロセスにおいて、民主的な政府を樹立する行為(革命行動)は現体制下では「犯罪」とみなされて、ふつうは処罰の対象となる。
ルソーは「政府の設立」を「法の制定」、設立された政府による統治行為を「法の執行」と呼び、この二つの次元を峻別した。
「法の執行」は合法的である(当たり前だ)。しかし、「法の制定」は合法的ではない(法の制定に至るプロセスでは、まだ法が存在しない)。
ルソーは「法の制定」という「命がけの跳躍」(salto mortale)を合理化する方途について『社会契約論』の中で必ずしも説得力のある提案をしていないように思われる。
最終的にそのような行為を正当化するものとして、ルソーが強調しているのは、共同体の親密さである。
端的には「規模の問題」である。

それまであったシステムを廃棄して、次のシステムに作り替えるというような根源的改革は緊密な連帯を通じてしか果たされない。
そのとき重要なのは、どのようなすばらしい政体を制定するかについて適切な綱領が提出されていることよりもむしろ、その運動が人々の「緊密な連帯」によって遂行されているという事実の方なのである。
現に、別のテクストにルソーはこう書いている。
「もしも自分の生まれる場所を選ばなければならなかったとしたら、わたしは人間の能力の範囲によって限られた、すなわちりっぱに統治される可能性によって限られた大きさの社会、そして各人がその仕事を十分に行え、だれも自分が負わされた職務を他の人々にまかせる必要のないような社会を選んだことでしょう。つまりそのような国家ならば、すべての個人が互いに知り合いなのですから、悪徳がひそかに行われたり、美徳が目立たないでいるというようなことは、公衆の視線と判断の前では起こりえないし、そしてこのお互いが会ったり知り合ったりするというここちよい習慣によって、祖国愛は、土地に対する愛というより、むしろ市民に対する愛となるのであります。」(ジャン=ジャック・ルソー、「人間不平等起源論」、小林善彦訳、中央公論、2005年、5頁)
どこに着地するかわからない「命がけの跳躍」による新たな政体の設立の適切性を担保するのは、最終的には「私は私とともにあらたな政府を作り出そうとしているこれらの同胞と互いに知り合いである」という根源的事実である。
書けば、当たり前のことだが、「連帯は革命に先行する」のである。

私が「生身」という言葉で言おうとしたのは、「手で触れることができる」ということである。
「可傷的な身体」と言ってもいい。
共同体をともに構成する人々と「現に触れ合っている」という原事実の上にしか、「法の制定」というような超法規的行動は基礎づけられない。
可傷的な身体を担保に差し出すことなしに「法の制定」はなしえない。
それは可傷的な身体、生身の身体は「かけがえがない」からである。
人は「いくらでも代わりがあるもの」については粗雑な扱いをする。「かけがえのないもの」については、それが傷つけられないように、丁寧に扱う。
政治的意見についても同じである。
「世論」や「定型的オピニオン」をただ模倣しているだけの人にとって、その政治的意見は「かけがえのないもの」ではない。
彼が黙って口を噤んでも、誰かが同じことを代わって言ってくれるはずだからである。あるいは彼に言責が求められても「私が言ったんじゃありません」と他人に責任を転嫁することができるからである。
そのような言葉は粗雑に扱われる。
だから、請け売りの定型句は「殺せ」とか「黙れ」とかいう攻撃的な言葉とすぐに親和するのである。


自分の固有名を付した意見をもつものだけが、情理を尽くして語る。
それは彼が語るのを止めたら誰も彼に代わって語ってくれない言葉だからだ。人々が耳を塞いでしまったら、もう二度と誰にも聞き届けられるチャンスのない言葉だからだ。
「情理を尽くして、他の誰によっても代替できない言葉を語るものたちの共同体」だけが「法の制定」というような根源的行為を担いうる。
ルソーは一般意志について語りながら、畢竟するところ「かけがえのないものたちの間の親密さ」について語っていたのではあるまいか。


ルソーのこの言葉を読んでいるうちに、私は村上春樹のエルサレム・スピーチの中の印象深いフレーズを思い出した。
それを書きつけて終えよう。


今日、皆さんにお伝えしたいことはたった一つしかありません。それは私たちは国籍も人種も宗教も超えた個としての人間だということです。そして、私たちはみな『システム』と呼ばれる堅牢な壁の前に立っている脆い卵です。どう見ても、勝ち目はありません。壁はあまりに高く、強固で、冷たい。もし、私たちにわずかなりとも勝利の希望があるとしたら、それは自分自身と他者たちの命の完全な代替不能性を信じること、命と命を繋げるときに私たちが感じる暖かさ信じることのうちにしか見出せないでしょう。


「命と命を繋げるときに私たちが感じる暖かさ」(the warmth we gain by joining souls together)についてルソーもまた語っていたように私には思われる。



大学時報に書きました

「大学時報」という私大連が出している刊行物に次のような文を寄稿しました。活字版は先月出たので、もうネット上で公開しても大丈夫でしょう。
「いつもの話」ですので、その話はもういいよという人はスルーしちゃってください。
選ばれないリスクを負うこと‐神戸女学院大学の特殊性について
 三大都市圏以外にあり、学年定員800名以下の、女子大学という「三重苦」的な条件下にありながら、これまでのところ定員割れを経験していない大学ということで、本学の「成功」事例が「大学時報」に取り上げられることになった。たいへん光栄なことだとは思うけれど、本学の諸特徴には、歴史的に形成された条件が深く関与しており、GP的な事例として一般化することはむずかしいと思われる。あくまで例外的な一事例として諸賢の参考に供したい。
本学が最も心がけていることは、「アドミッションポリシーの明確化」である。アドミッションポリシーとは日本語で言えば「旗幟」ということである。「本学の教育理念・教育課程は独特のものであり、他とはずいぶん違い、決して十人のうち八人九人に選好されるようなものではない」ということをあらかじめ開示するということである。十人に一人あるいは二十人に一人でも、「この学校は私の気質に合っている」と思ってくれる学生にとことん気に入ってもらえること、それがアドミッションポリシーを明確化することの意味だと思う。
だから、本学では「よその大学では、こんなことをしているのに、本学はそれに追随しなくてよいのか」というタイプの議論が口にされることがきわめて少ない(まったくないわけではないが、説得力をもつことはきわめて少ない)。
よそはよそ、うちはうち、である。
そもそも本学は米国から来日した二人の女性宣教師によって135年前に建学された会衆派系のミッションスクールであり、開学はキリシタン禁令の高札がおろされた直後のことである。そのことが意味するのは、神戸女学院に対する「市場のニーズ」などというものは建学の時点では存在しなかったということである。
ニューイングランドから大陸を横断し、さらに太平洋を渡って、神戸まで来た二人の女性には、何よりもまず「教えたいこと」があった。やがて神戸の一握りの少女たちがその学舎の最初の生徒となるが、そこで彼女たちが学んだキリスト教学やヨーロッパの歴史や言語は、むろん明治期の社会が若い女性に求めていた「実用的教養」とはほとんど無縁のものであった。
「教えたいこと」があるという人がいて、それを「学びたい」という人がいれば、そこに学校教育が成立する。それがことの順序である。もちろん、こちらが「教えたい」と示すものについて、「そんなものは学びたくない」「もっと違うことを学びたい」という人もいる。いて当然である。けれども、まず「教えたいことがある人」からすべてが始まるという順序は変わらない。
経営に苦しむ大学を見ていると、「市場のニーズ」にどうやってキャッチアップしようかをあれこれ試行錯誤しているうちに、いったい自分たちが何を教えるために学校を建てたのか、その初発の理念を見失っているケースが多いように思われる。「向学心に富んだ若者をひろく迎え入れ、国家須要の人材を輩出する」というような抽象的なアドミッションポリシーを掲げる学校は、理想的には「十人のうち十人」に選好されることをめざしている。だが、それは無理な願いである。
たしかに、「教えたいこと」の輪郭がはっきりしていればいるほど、それを「学びたい」と思う人間の絶対数は減る。これは不可避である。本学のような「キリスト教精神に基づいて、リベラルアーツ教育を行う女子大学」は、宗教教育を望まない人々や、競争を勝ち抜いて成功することを願う人や、専門的な知識や技術をすみやかに身につけたい人からは(もちろん男子からも)選択されない。けれども、だからといって「学びたい」と思う人を増やすために限定条件を解除してゆけば、いずれその学校が何を「教えたい」のかがわからなくなる。どちらを取るか。「旗幟を鮮明にする」というのは「選ばれない」というリスクを引き受けることである。
だが、ここ十年の大学志願状況を見ていると「選ばれないこと」を恐れ、「市場のニーズ」へのすみやかなキャッチアップを急いだ大学ほど定員確保に苦しんでいるように見える。それは「石にかじりついても、これだけは教えたい」という建学者の素志が忘れられ、「市場は何を望んでいるのか、どんな『客層』をターゲットにすればいいのか、どんな教育サービスの費用対効果がよいのか」といったビジネスのワーディングで教育が語られ過ぎたことの帰結ではないかと私は思っている。
本学の特徴の第二点も、建学者の個性に発するものである。本学はアメリカの海外伝道組織アメリカンボードから派遣された会衆派教会の二人の伝道者によって建学された。「会衆派」はその名のとおり、リベラルな教会組織であり、強権的な指導者や、トップダウンでの意志決定を好まない。そのリベラルの伝統は135年経っても、変わることなく本学の学校文化の中に生き延びている。
本学の、教学にかかわる最高決定機関は全学教授会である。合否判定や単位認定や学籍のための議決機関として全学教員が毎月一堂に会して議するという大学は今となっては全国でも稀であろう。もちろん、90人の教員が集まって議論するのだから、合意形成のためには手間暇がかかる。会議に要する時間が長いことに不満を言う人ももちろんいる(私もしばしば不満を言う)。上意下達で命令してもらった方がよほど楽だと言う人もいる(私もときどきそう思う)。しかし、この愚直な教授会民主主義のために、本学ではいったん全学教授会で決定したことについて、「私はその決定に関与していない」と言う権利は教員には認められない。その決定は誰でもなく、われわれ自身が熟議の末に採択したものである。そうである以上、機関決定を実行し、成功させる義務はわれわれにある。また、原案についての「根回し」が済んで上程された議題についても、教授会でひとりの教員が立ち上がって熱弁をふるい、説得力のある反論を述べたせいで、原案が否決されることも珍しくない。それは教員個人に負託された権限が大きいということである。
私学の中には、理事会が人事や予算の配分について、教授会よりもつよい権限をもつところが少なくない。そういう大学ではたしかに合意形成のために無駄な手間暇をかけることなく、経営者の独断で、大胆な学部学科再編や、カリキュラム改革や「サプライズ人事」を断行することができる。一見すると、たいへん合理的・効率的なマネジメントのように見える。だが、トップダウンで決められた教員組織の改組や教育課程の改訂は、しばしば教員の自尊感情を損なうことがある。「教学について決定権を持たされない」という事実が教員の士気をどれほど傷つけるか、そのリスクに私学経営者は必ずしも自覚的ではない。もちろん、それでも教員たちは「給料分の仕事」は果たすだろう。だが、「給料分以上の仕事」をするモチベーションは損なわれる。しかし、大学での教育研究活動をドライブしているのは、実は教員たちによる「オーバーアチーブメント」なのである。給料の何倍分もの仕事を、誰にも命令されることなく、黙々と担っている教員たちによって、大学の知的アクティヴィティは担保されている。「オーバーアチーブ」を動機づけるのは、昇級や昇格ではなく、つよい使命感である。それは教員たちに教学についての決定権を委ね、その成否の責任を彼ら自身に求めるという教授会民主主義システムによってしか培われないだろうと私は思っている。
本学は合意形成・意志決定に至るまでに膨大な時間を要するこの教授会民主主義システムを採用している。「非効率的」という批判は甘んじて受けなければならないが、その代償として、大学のカリキュラムや教育プロジェクトについて、それが成案に至るプロセスを熟知し、その成否につよい責任を感じている教員層を形成することには成功した。これはトップダウンで意志決定を行う、「効率的」な私学経営者には望むことの困難な人的資源である。
これに類することは職員についても妥当する。本学の職員は、女性職員のほぼ全員が卒業生であり、男性職員も教会員の比率が高く、職員たちにとって学校は「職場」というに止まらず、彼ら自身がその「ミッション」に賛同して、自発的に参加した一種の運動体である。
卒業生である職員にとって、現役学生たちは何よりもまず「後輩」である。これまでもコンサルタントなどによる研修会で、繰り返し「CS」(消費者満足度)ということが言われたし、学生や保護者の中にはときに「『お客さま』に対して、もっと低姿勢の対応をしろ」というクレームを口にするものもいるが、本学職員は、学生を「お客さま」として遇し、サービスを提供する代価として授業料を取るというスキームになじめないでいる。私はそれでよいと思っている。校則を軽視したり、常識を欠く行動をした「後輩」を、「先輩」たちが教育指導する責任を感じるというのはごく自然なことであり、これをマーケットにおける売り手と買い手のモデルに置き換える必要を私は認めない。
もう一つの巨大な人的資源は同窓会である。3万人近い会員を擁する本学の同窓会は、母校に対してつよい関心とロイヤルティを保持し、多様な社会活動を通じて、神戸女学院の存在意義を学外に示している。
また同窓会は本態的に、大学のミッションが揺るがぬこと、教育課程が継続的であることをつよく願う傾向がある。学部学科が次々と改廃され、教育課程がめまぐるしく変わることは外部からは「競争的にアクティヴ」ととらえられるだろうが、卒業生からすれば、それは「あなたがたが受けた教育はもうout of date である」と宣言されているに等しい。卒業生は自分たちの受けた教育は時代を超えて価値を持つものだというメッセージが母校から発信され続けることを願っている。このステイクホルダーからの(無意識的な)リクエストは本学の教育課程の編成につよい影響を及ぼしている。
例えば、学部改組ブームのときに、多くの大学が「文学部」という看板を下ろして「国際」や「情報」や「人間」のつく学部名に改称したが、本学はこの「時代遅れ」の名称を保持した。その当否は措いて、学校教育は本質的に惰性的なものであり、教育政策の転換や市場の要請に応じて朝令暮改的に変化するべきではないという思想は本学の教育課程全体に伏流している。
以上、ランダムに列挙してきたけれど、私たちの大学が採用してきた基本的な方針は、どれも「万人向き」のものではない。というか、少数の例外的な大学にしか適用できないものだと思う。どのようなシステムにも「いいところ」と「悪いところ」がある。私たちは自分たちの大学のシステムの「悪いところ」をよく承知している。それは、ひとことで言えば、ミッションスクールであるがゆえに、志願者が限定されるということであり、教育政策の転換や、「市場のニーズ」の変化にも即応できない点である。しかし、これまでのところは、スクール・ミッションを明らかにしていることで、「こういう大学で学びたい」という明確な志向をもった志願者を一定数確保することには成功している。また、個々の教職員にフリーハンドを認める会衆派的体質ゆえに、個人の発意に基づく多様な教育プログラムが起案され、実施され、それが制度全体の「惰性の強さ・変化の遅さ」のもたらす否定的影響をカバーしていることもたしかである。
このような本学の校風が維持され、またその「旗幟」が周知されている限り、当面は経営的破綻について懸念する必要はないように思う。危機がありうるとすれば、それは他学の「成功事例」を追随して、志願者確保のために「旗幟」をあえて不鮮明にするとき、伝統的な大学民主主義を棄てて上意下達の指揮系統を採用するときだろう。

2010-09-13

成功について

イギリスにいる研究者から「成功について」というテーマで質疑応答のやりとりをした。
なんと、各界の「成功者」たちにインタビューするという研究だったのである。私は「成功者」にカテゴライズされているらしい(知らなかった)。
奇妙な気分がしたけれど、そういう幻想的な評価はどのようにして定着するのかという消息には興味があったので、ご協力したのである。そのやりとりが日本語でネット上でも公開されることになった。
前に一部をブログで公開したけれど、今回は全文を転載。
長いですので、お時間のあるかただけどうぞ。

問い1)何故、そしてどのように現在の教授職にたどり着いたのか

いくつかの職業選択の分岐点で、そのつどの気分で道を選んでいるうちに、20代の終わりに研究者・教育者への道を選択することになりました。やってみたら、けっこう、性に合っていたので、気が付いたら30年以上もこの仕事をしていました。その教授職も今年限りで、来年からは別の仕事をします。

問い2)「成功」の定義の仕方とは。

「成功する」ということを自分自身の生きる上での目的に掲げたことがなく、また人を評価する場合も、「成功したかどうか」という基準で見ることがない、個人的な定義はありません。

でも、一般に用いられている「成功」という語には共通のコノテーションがあるとは思います。
強いて定義すれば、「成功」の定義とは、本人の自己評価とはかかわりなく、周囲の人間の多くから「この人は成功者だ」と思われる人間の諸属性、ということになります。ほとんど同語反復ですけれど。

問い3)幸せイコール成功の方程式は成り立つのか。成功に対する物差しはつまるところ個人へ行き着くのか。

「幸福」と「成功」は一致しないと思います。
「成功したが、幸福ではない」という文も「成功していないが、幸福である」という文も、どちらもふつうのリテラシーを備えた読者は「無矛盾的」な文として読むことができます。
「幸福」についての物差しはあくまで個人の主観的印象です。
ですから、「私は幸福である」という言明は他人が否定しても、私が宣言すれば成立します。
この言明を否定する権利は他者にはありません。「あなたが幸福であるはずがない」という反論はほとんど無意味です。
しかし、「私は成功者である」という言明は個人的なものではあり得ません。
ここには「私は世間から成功者とみなされているはずである」という、「他人の判断についての評価」が含まれているからです。
ですから、それについては、「あなたの『他人の判断についての評価』は適切ではない」という反論が可能です。
「あなたは成功者ではない。現に、私はあなたを成功者だと思っていない」という言明は十分に破壊的です。

問い4)僕らの社会で全人類が成功するというアーギュメントに(少なくとも精神的に)抵抗があるのはなぜか。それを克服するソリューションは何か。

「成功」というのは、上で述べたように「他人の判断」ですので、他者に依存しています。
極端な例を挙げれば、人類が死滅して、世界最後のひとりになった人間が「私は幸福だ」という自己評価を下すことは(蓋然性は低いですが)不可能ではありません。
けれども、その人が「私は成功者である」と自己評価することはありえません。
というのは、ここには「あなたは成功者である」と評価する他者が存在しないからです。
成功というのは、「できることなら、あなたと立場を代わりたい」という、「成功していない人間」の欠落感や、羨望を(仮説的にではあれ)勘定に入れない限り成立しない、ということです。
「成功者クラブ」があって、そこでは全員がおたがいを「成功者」として認めあっている場合でも、「クラブ」のそとに「われわれを羨んでいる人々がいる」ということをメンバーたちが前提していなければ、それは「成功者クラブ」とは呼ばれません。
すから「全人類が幸福になる」ということはありえますが、「全人類が成功する」ということは成り立たないと思います。

問い5)21世紀において「ベスト」な国際政治体系とは何か。

上の定義からすれば、「成功した政治体系」とは、自分は「成功していない政治体系」のせいで不当な苦しみをこうむっていると考える人々が「できることなら代わりたい」とカムアウトすることによってのみ成立するものです。
ですから、私が「失敗した統治システム」と評価するものを、「すばらしく成功している」と評価する人々がいても、まったく不自然ではありません。
政治体系に「ベスト」は存在しません。ひとりひとりについて、「これよりはましと思えるシステム」があるだけです。
とりあえず私たちが歴史的経験から学んだのは、「ベストの政治体系」があると信じ、それを一気につくりだそうとした政治権力は、例外なく、反対者の粛清か強制収容か、その両方を採用したということです。
「ベストの政治体制」があたかも存在しうるかのように語る人間にはできるだけ近づかない方がいい、というのは私がまずしい政治的経験からひきだし得た数少ない教訓のひとつです。

問い 6)一人の教育者として、これから国際社会で求められている能力をどう捉えているか。日本の成功した教育モデルと世界のモデルは同一であるべきか。そして何が違うのか。

国際社会で求められている能力は、「国際共通性をもたないアイディア(ローカルな、あるいはパーソナルな)を、国際共通性のある言語とロジックに載せて展開する能力」だと思います。
現代人に限らず、人類がジャングルから出て共同生活を始めてから、求められる能力はつねに同じです。

問い 7)個人単位での成功において最も大切なものは何なのか。

上に書いたように、成功についても、成功者についても、あまりまじめに考えたことがないので、この質問には答えられません。
以上です。
どうもお役に立てないようで、すみません。


そのあと追加の質問がありました。

追加問い1) ご返事どうもありがとうございました。大変勉強になります。
本当に図々しいんですがあと二つだけ質問してもよろしいでしょうか。
成功が他者によって成り立つという過程が成立するのであれば「部分的な成功を全人類的にシェアする」ことは可能か。例えばAさんの教授としてのキャリアは多くの人に成功者と言われるだろうが、彼はBさんの天才的な料理のスキルをリスペクトすのでBさんも成功と言えて、、、というかたちで成功の絶対量(リスペクトの数)(あるとすれば)は違えど、人間が成功できると僕は思ったんですが内田先生のご意見を聞かせてください。すごい単純に言うと人は全員良いとこがあってそれを認め合う事は可能か、という性善説なんですが。そのリスペクトの数も相対的に考えるとまたこれも「少し成功してる人」と「たくさん成功してる人」が生まれますが、ぼくは少なくとも現在の社会で成功者という判断を一切されてない、それこそ親からも友人からも職場の仲間からも、人はごまんといると思います。そしてそれが、強引ですが、社会的な問題をおこしてる一つの引き金だとも思うのです。

問い2)ベストのソリューションがないときにはベターを、というご意見についての質問ですが、「これはあれよりまし」と判断するのは誰ですか(もしくは誰であるべきか)。政治家なのか、知識人なのか、小市民なのか。ぼくはその答えが出せなかったので現在集合的なインタビューで答えを見つけようとしています。それが民主主義社会において誰もが「反対する事が出来ない」唯一の方法だと思うからです。

質問のつづきにお答えします。
問い1について、「成功」というアイディアが、社会的弱者のうち、自分を「非成功者」とみなしている層につよいフラストレーションを与えているというのは事実だと思います。
けれども、社会的弱者でも自尊感情を維持しているひとたちはたくさんいます
自尊感情と成功は必ずしも同期しないとぼくは思います。
逆に言えば、社会的「成功」者とみなされながら、自尊感情が低い人もたくさんいます。彼らは「成功が足りない」と思っているので、他人に対して、不要に屈辱感を与えようとしたり、過剰な奉仕を求めたりして、「自尊感情の不足分」を補おうとします。
このような人間を作り出すことには社会的に何の意味もないと僕は思います。
それよりは、自尊感情というのはどのように構造化されているのか、どうすれば、「十分な自尊感情をもっている」人たちをつくりだすか、という問いに知的資源を割く方が合理的ではないでしょうか。
最終的に自尊感情を形成するのは「私にはあなたが必要だ」という他者からの懇請の言葉に尽くされると思います。
「自尊感情」というのは「オレはえらい」という自己認識のことではなく、「私は生きなければならない。私にはやらなければならない仕事があり、それは私以外の人間によっては代替できぬからである」という他者とのかかわりからもたらされるものだからです。
I cannot live without you
というメッセージほど人間の「生きなければならない」という気持ちをかきたてるものはありません。

問い2について、
「ベターなソリューション」というのは、解そのもののことではありません。「ベストなソリューションは存在せず、ベターなソリューションしか存在しない。どれをベターとするかについての汎通的な基準はない(あれば当然その基準にもとづいて「ベストなソリューション」が導出できるはずだからです)」ということについての集団的合意、という事態そのものを言います。
それは「言論の自由」と同じ成り立ちをしています。言論の自由というのは「何を言っても構わない」という意味ではなく、「さまざまな言論のうち、どれがベターであるかについて検証する場が存在する」という「場への信認」のことです。
そのような「適否の判断をする場」めざして人々は発言する。人々を説得して、合意形成をめざす。
そのために情理を尽くして説く。
そのようなルールがとりあえず承認されている事態そのものを「ベターなソリューション」と申し上げたのです。
合意形成めざして発言するひとがなにものであるかということは問題にはなりません。
判断を下すのは個人ではなく、「適切な判断を下す場への信認」です。位相が違うのですが、その違いがおわかりになるでしょうか。
(やりとりはここまで)

なんか、ちょっと不親切な終わり方をしているけれど、それは若い知識人たちが「正解」と正解を導く汎通的解法を求めるのにいささか急であることに困惑して、そうなってしまっているのである(ごめんね)。
若い人にはぜひこの一言を玩味していただきたい。
「急いちゃいかん」(@by 佐分利信 in 「秋日和」)

2010-09-09

小沢一郎は勝つのか?

民主党の代表選が近づいて、マスメディアの論調が乱れてきた。
当初はメディアは反小沢一色で、ことあるごとに「政治とカネ」問題を言挙げしていた。それが「小沢もダメだが、菅もダメで、どちらへ転んでも不毛の選択」から「こうなったら一度小沢にやらせてみたら」論の受容へと微妙にシフトしはじめている。
私は小沢一郎の政治手法に対してはすこしも共感できないけれど、「田中派政治的なもの」への民意の揺れ戻しがあることについては歴史的必然性があると思う。
田中派政治は「ばらまき政治」と言われた。
ばらまくためには原資が要るので、それは同時に贈収賄に対するワキの甘い「金権政治」として指弾を浴びた。
ばらまく政治家からすれば、「金のあるところからないところに回しているのだから、これこそ社会的フェアネスだ」というロジックがある。
だから、「政治とカネ」と一律で批判されるが、実際には「あるところからないところに金が流れてゆく」ということ自体については、誰も文句があるわけではない。
その過程で多少「流れの飛沫」が政治家の懐に飛び込むとしても、それは許容範囲である。
ただ、「流れの飛沫」を越して、流れの一部が恒常的に「私的な貯水池」に誘導されるような構造になると、「許容しがたい」という気分が横溢してくる。
「飛沫が飛び込む」ことと「私的な貯水池に貯め込む」ことのあいだに本質的な差があるわけではない。
けれども、不思議なものでそれは「感知」されるのである。
うちの兄は「会社が儲かりだしたときに社長がベンツに乗るような会社は長くない」とよく言っていた。
ベンツを経費で買えるだけの売り上げがあり、計理士も経費どんどん使ってくださいと言っているのだから、何の問題もないようなのだが、「そういうことをすると、社員の士気が微妙に下がる」のだそうである。
自分たちの努力で会社が儲かり出したのに、その報酬の配分に偏りがあるのではないか。社長ひとりが「いい思い」をするというのでは、なんかやる気がしないぜ・・・という微妙な気分が社内に蔓延するのだそうである。
そうなると、細かいところでミスが起こり、サービスの質が微妙に劣化し、オーバーアチーブ気味の社員がいつのまにか会社を去り、気がつくとゆっくり業績が下り坂になっている。
「メンバーの士気が微妙に下がる」ということのもたらすネガティヴな効果を人々は軽んじる傾向にあるが、たいていの場合組織がつぶれるのはシアトリカルな外圧や驚天動地の破局によってではなく、メンバーたちの「なんとなくやる気がしない」という日常的な気分の蓄積によってなのである。
それは国民国家の場合も変わらない。
「政治とカネ」が問題になるのは、「問題にしてよい客観的基準値」があるからではない。
問題は国民の「やる気」が(端的には納税意欲が)どの程度傷つけられるかにかかわっている。
「飛沫」がじゃんじゃん政治家の懐に飛び込んでいても、「金のあるところからないところに回っており、社会的フェアネスが実現されつつある」という実感があれば、それは「適正なコミッション」とみなされる。
たいした金額ではなくでも、国民の側が「さっぱり金が回ってこない」というふうに感じていれば、それは「貧者の膏血を絞って私腹を肥やしている」とみなされる。
問題は「気分」なのである。
だからクレヴァーな経営者は質素な家に住んで、質素な服を着て、めざしを食べている写真を雑誌に載せると、それだけで社員の士気が微妙に向上するという人情の機微を知っている。
土光敏夫がクレヴァーなのは「めざしを食べた」からではない。「めざしを食べる経営者」だと思われることの政治的効果を熟知していたからである。
「政治とカネ」問題についても同様である。
政治過程には使途を公にすることのできない桁外れの金が流れている。
そのことを否定しても仕方がない。
政治家にとっての問題は、それをもっぱら「あるところからないところに回し、私的蓄財には振り向けていない」というふうに思われるかどうかである。
それ「だけ」である。
繰り返し言うが、問題は「国民の士気」なのである。
小沢一郎を支持するいまの「気分」は小泉純一郎以来の「先富論」、すなわちもっともアクティヴなセクターに資源を集中して、それが経済活動を牽引して国全体を豊かにするという図式への倦厭感を基盤にしている。
田中派政治は本態的にはノンアクティヴな層に資源を分配し、全体の「底上げ」をはかる「弱者目線」の政治であり、こちらの方がいまの社会状況からすると国民の大半からは微妙に好ましく感じられる。
日本の政治過程はこの30年ほどは、福田派政治と田中派政治のあいだを揺れ動いてきた。
今の政局はその何楽章目かの変奏である。
小沢一郎は二枚カードを持っている。
ひとつは地方と弱者への優先的な資源分配を実現するかもしれないという田中派政治への期待。
ひとつは対米強硬姿勢を実現するかもしれないという田中角栄の日中共同声明以来の外交的期待。
菅直人にはこれに拮抗するだけの強力なカードがない。
結果がわかるまであと一週間である。


2010-09-05

団体行動のすすめ

「多田塾甲南合気会上半期結婚披露宴3次会」というものが開催される。
春先から7月にかけて高取くん金子さん、くうさん、ヤベッチと3組の結婚式が続いたので、個別的に祝賀会をやっていると幹事が疲れちゃうということで、「まとめてやる」という手荒な英断を私が下したのである。
その後、去年の夏の亀ちゃんの祝賀会も会ではやってなかったよね・・・ということを思い出して、現在妊娠6ヶ月の亀ちゃんご夫妻(いまは小林さん)も加えてまとめて4組の合同祝賀会というものを開催したのである。
集まった同門の諸君、その数60
仕切りはいつものように、谷口さん、谷尾さん、清恵さんの「事務方の大人の人たち」。あと東沢くんとおいちゃんがお手伝いをしてくれました。
会場は国分さんのご紹介(シャンペンの差し入れも~)。
みなさん、どうもありがとう。
こういう団体行動をてきぱきとこなす、というのは実はたいへん武道的なことなのである。
本日は祝辞に代えて、「武道的団体行動」について一席述べさせていただくことにする。
先日の演武会をご覧になった方は気づかれたであろうが、初心者と上級者の違いは、「ポジショニング」にまず表れる。
演武をする畳のどの位置に座るかは畳の広さと演武者の数から、自動的に決まる。
しかし、初心者はどこに行けばいいのかわからず、なんとなく前の人についてゆくので、しばしば「だま」になってしまう。
演武が終わったあとも、どこに戻ればいいのかがわからず、最初と違う位置に座ってしまう人がいる(これは上級者にも散見されるが)。
これは「スキャン」ができていない、ということを意味している。
「スキャン」というのはつねづね申し上げているように、「自分を含む風景を上空から俯瞰する想像的視座」に立つ能力である。
ボールゲームの場合であれば、どこにスペースがあるのか、どこにディフェンスの穴があるのか、どこに味方のサポートがあるのかを上空から俯瞰して、逡巡せずにその最適動線を走るためには「スキャンする力」が不可欠であることは誰にもわかる。
これは戦場における用兵の機微にそのまま通じている。
植民地に展開する軍隊の指揮官を育成するために、英国のパブリックスクールではサッカー、ラグビー、クリケット、ボートといった「共身体形成」スポーツの履修が必修化されていた事情については平尾剛さんとの共著『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新聞出版)に詳しく述べたので、ここでは繰り返さない。
さて、問題は「スキャンする力」はどうやれば涵養されるかである。
これについても何度も書いた。
「スキャンする力」は「ミラーニューロンの活性化」と相関する。
他人が何か動作をしているときに、私たちの脳内でも、その動作をするときに必要なニューロンが発火している。
ただし動作としては出力しない。脳内で「シミュレーション」だけが行われる。
シミュレーションした動作を「出力」回路に繋げると、見たのと同じ動作が再現される。
だから、人間がボートを漕ぐのを見せると、猿でもボートを漕ぐことができる。
これを「連想行」ということもあるし、「心の稽古」ということもある。
武道的にはたいへん重要な稽古法である。
「見取り稽古」というのは、すぐれた術者の動きをただ見ているだけの稽古のことであるが、これはなまじばたばた走り回って大汗かいて稽古するよりもはるかに術技の上達に資する。
怪我をすると稽古を休んでしまう者がいるが、本当は怪我をしているときに黙って稽古を見ているというのはきわめて効果的な稽古なのである。
とにかく、そうやって他人の動きを熟視して、脳内でシミュレーションをしていると、何が起きるかというと、「他人の身体に仮想的に入り込んでしまう」ということが起きる。
なにしろ自分の脳内では、他人の動作がニューロンレベルでは再現されているので、「まるで自分自身が動いているみたい」に感じられるのは原理的には当たり前のことなのである。
ラカンのいう「鏡像段階」というのは、鏡に映った自分の像を「遠くにあるもの」だと思っている赤ちゃんが、その動きを脳内でトレースしているうちに、鏡像を「まるで自分自身が動いているみたい」だと感じ、ついには「あそこに見える『あれ』が私だ」と思うに至るという「倒錯」のことである。
つまり、自我というのは、ミラーニューロンの効果なのである。
「自分」とか「他人」とかいう概念が生まれるのはその後の話である。
武道的身体運用というのは、この鏡像段階の赤ちゃんの柔軟性をそのまま維持し続けることである。
すぐれた武道家は何を見ても、「あ、これは私だ」と思い込める。
他人の身体を見ると、たちまちそれが自分の身体と同期して動いているものだと「感じ」ることができる。
だから、自由自在にそれを動かすことができる。
それが活殺自在、万有共生ということのおそらくは技術的な意味である。
この「自我の拡大」「他者の取り込み」が短時間に高い効率で行われると、何が起きるか。
植芝盛平先生は道場でよくその場にいる全員を「金縛り」にされたという逸話があるが、これは「身体が動かない」という身体感覚を大先生が大出力で発信するので、門人たちはそれに同期してしまったと解釈できる。
あるいは「合気道は先の先」であるという言い方も大先生はされたが、それは「刀を振り下ろすと、相手がそこに首を差し出す」ような共感度の高い身体運用のことだと説明された。だから、「先の先」の武道を攻撃的に使えば、それは「虐殺」にしかならない。
「結界内」にいるすべての人間に自分の体感を送信できるということは、逆から言うと、すべての人間たちの体感を受信できるということでもある。
私には見えないが、彼らには見えるものが見え、私には聞こえないが、彼らには聞こえるものが聞こえ、私は触れていないが、彼らが触れているものが感じられる。
そうなるとどういうことが起きるか。
個人の五感では感知できるはずのない大量の感覚情報が入力してくると、脳はそれを「説明する」ために、あるイリュージョンを作り出す。
それが「私はここにいるのではなく、上空からすべてを俯瞰しているのだ」という「幽体離脱」幻想である。
脳がそのような幻想を要請するのである。
そういう幻想を持たないと、他人の体感が流れ込んでくるという事態をうまく説明できないからである。
「ミラーニューロンが活性化すると、幽体離脱幻想が起きる」という薬学の実験結果を武道的に言い換えると、それは「他人の身体運用に同期する訓練をしていると、スキャンする力が高まる」ということになる。
ここまで書けば私の言わんとするところはおわかりいただけるであろう。
合気道の稽古を重ねて「体感の同期」能力が高まると、必ず私たちは「自分を含んだ風景を上空から見下ろすような感覚」をもつようになる。
すると、自分はどこにいるのか、どこに向かっているのか、どこにいるべきなのか、どこに向かうべきなのかがはっきりと「わかる」ようになる。
「全員で大きな円を描く」ということを稽古の前後に何度か行うが、あのときに自分の立ち位置がわからずうろうろしているのは、こう言っては失礼だが稽古が足りない方である。
同じように、昨日のようなパーティでも、よく稽古を積んでいる人は、入室した瞬間に自分が座るべきポジションがわかり、稽古の足りないひとは、立ったままおろおろしている。
だから私は団体行動が好きなのである。
合宿がよい稽古になるのは、単に稽古時間が長いということではなく、起居をともにしているうちに体感の同期が高まって、自分の位置についての情報入力が増え、「いるべき場所、なすべきこと」がはっきり感知されるようになるからである。
三軸修正法の池上六朗先生があるセミナーで若い治療者に施術したあとに、「どう、感じ変わったでしょう?」と訊ねたことがあった。
その治療者は首をかしげて、「さあ・・・わかりません」と答えた。
池上先生は破顔一笑して、「そういうときに『変わりました』と言えないのは、自分の立場がわかってないからだよ」と言われた。
三軸修正法は「体感の同期」を軸に体系化されている。その意味ではすぐれて武道的な治療法である。
だから、自分の痛みや凝りに「居着き」、施術者の体感への同期を拒否するような患者は、かならず「その場にふさわしくないこと」を言うようになる。
ましてや治療者たらんとするものが「いるべき場所、なすべきこと」が感知できないようでは困る、池上先生はそうおっしゃりたかったのだと思う。
というわけで、私は「社員旅行」的なものが大好きなのである(多田先生もお好きである。もちろん池上先生もお好きである)。
来年の2月ごろに「停年退職記念・内田ゼミ卒業生全員集合バリ島ツァー」というものを挙行する予定である。
学部のゼミも大学院のゼミも、一度「ゼミに草鞋を脱いだ」人は誰でも参加できる。
総勢50人くらいでバリ島に行って、プールサイドと海岸でごろごろして、「椰子の木陰でピニャコラーダ」するのである。
これは武道の稽古として行っているのである、と私が強弁してもみなは信じないであろうが、ほんとなんだってば。

2010-09-01

スーパークールな一夕

新型インフルエンザ・リスクコミュニケーション・ワークショップというところのシンポジウムにお呼ばれして、感染症の専門のドクターの方たちと「リスク・コミュニケーション」についてセッション。
ご一緒したのは、神戸大学の大路剛、国立感染症研究所の具芳明、神戸医療センター中央市民病院の林三千雄、神戸保健所の白井千香、近畿医療福祉大学の勝田吉彰、司会は神戸大学医学部の岩田健太郎の諸先生がた。
いや、驚きましたね。
みんな「話が早い」ので。
かなりの早口で、かつ理路がはっきりしている。
「なんだかよくわからないことをごにょごにょ言う」という態度がほとんど生理的に忌避されている。
岩田先生は去年の8月に医学書院の仕事ではじめてお会いして、それからパートナーの土井朝子先生ともども何度かご一緒している。「私が会った中でいちばん頭の回転の速い人」のひとりである(横にいて息を潜めていると「クイ~ン」と頭の中で何かが高速回転している音が聞こえそうな気がするくらい)。
そして、当然ながら「イラチ」である。
医学者、とくにフロントラインにいる臨床医には「イラチ」が多い。
つねに待ったなしの現場で診断し、治療をし、またサイエンスの最新情報を絶えずモニターているわけであるから、勢い「イラチ」化することは止めがたいのである。
あと、「にべもない」人も多いですね。
判定の言葉を濁らせたり、相手のプライドを斟酌したり、「よいしょ」してサバいたりという、私など文系人間が得意とする「にべ」(ってなんだろう)的なものは、「待ったなし」の現場ではあまり(ほとんど)配慮されない。
昨日びっくりしたのは、新型インフルエンザの防疫体制の整備をめぐる質疑応答のときに、ひとりの先生がとりあえず「バイオテロ」と「東南海地震」を想定して、その経験をどうフィードバックするかについてコメントしたことである。
「最悪の事態を想定する」という備えの重要性を説く人は多い。
けれども、この先生は、「最悪の事態が起きてしまい、かつそれに行政も医療機関も効果的な対処ができなかったときに、その負の経験をどう『よりましな』体制づくりにフィードバックするか」ということを語ったのである。
聴く人によっては、このような発言を「偽悪的」だとか「非人道的」だとかみなす人がいるかも知れない。
だが、それは短見というものである。
私はこのようなタイプのリアリズムを高く評価する。
これは昨日書いたいわゆる「危機論者」とまったく反対のマインドから出てくる言葉だからだ。
危機論者は備えの重要なことを訴えつつ、無意識的には危機の到来を欲望している。
この人はそうではない。
きわめて致死性の高い感染症の危機が市民生活の中にはいりこんできたとき、彼は厭でもその最前線にいなくてはならない。
前線にいる医師や看護師が次々と感染症で倒れるような現場で医療に従事している「未来の自分」を想定したその上で、彼は「どうせ死ぬなら犬死にはしたくない」と言っているのである。
このワークショップの場にいて、幸いそのカタストロフを生き延びた諸君がいれば、ぜひ「私や私の仲間たちの死」から少しでも有用な情報を回収してほしいと言っているのである。
「自分が感染し、まずくすると死ぬことを勘定に入れた上で感染症対策を論じている医師」のスーパークールな倫理性に私はちょっと感動してしまったのである。
私が危機論者を好かないのは、彼らが危機の到来のときに「逃げる」ことを経験的に知っているからである。
「ほら、オレが言ったとおりになっただろう」と言うのは、彼らが安全な場所へ立ち去るときの「別れ際」の台詞なのである。
共同体のフルメンバーである「大人」はそういうことをしない。
危機の到来について警鐘を鳴らしたのだが、誰もそれに耳を傾けなかった。そうこうするうちに、ついに危機が到来した。
そういう場合でも、その破局的な現場に踏みとどまって、「彼の意見を聴かなかった人々」と、不幸と危険をクールにわかちあうのが「大人」である。
昨日のリスク・コミュニケーションのワークショップは私にとってたいへん気分のよい出会いであった。
それはそこにいるのが「大人」たちだったからである。
このような場を経験させてくれた岩田先生に改めてお礼を申し上げねばならない。